マイナス金利は責任のなすり付け合い

 

日銀が1月29日にマイナス金利を導入した。銀行が日銀に預ける当座預金の一部に対し、0.1%の利息を徴収する措置である。2013年4月の異次元の緩和を導入し、2014年10月に追加緩和したのに続き、今回は3度目の緩和策となる。

 

黒田総裁は、国会などの場で直前までマイナス金利の導入を繰り返し否定していた。それが一転して導入に踏み切ったのは、年明け以降の日本株の急落に対し、菅官房長官ら官邸から「今がアベノミクスの正念場。日銀が何も行動しないのは許されない」と強いプレッシャーが掛けられたからである。

 

何かと話題を振りまくアベノミクスだが、最大の目標であるデフレ脱却は実現していない。また、安倍政権下の実質GDP成長率は、消費税増税前の駆け込み需要があった2014年1-3月の6.7%と反動減に見舞われた2014年4-6月の▲7.1%を除くと、各四半期▲1.9%~3.9%と低迷を続けている(いずれも年率換算)。今回、政府が日銀に政策出動を要請したのは、経済再生の成果が上がらず、世界の投資家から愛想を付かされたことを日銀に責任転嫁しているように見える。

 

現在銀行は、余剰資金を主に国債で運用するか、日銀当座預金に預け入れている。銀行の国債保有額は100兆円以上、日銀当座預金の残高は270兆円に達する。マイナス金利の導入によって、銀行は利息を取られる当座預金への預け入れを縮小し、企業への融資を増やすようになると期待される。融資が増える状況では、設備投資が増え、賃金も上昇していることだろう。

 

しかし、銀行が国債や日銀当座預金に巨額の資金を滞留させているのは、融資需要が低迷しているからだ。とくに人口減少と工場の海外移転が進む地方では投資機会が少なく、融資案件は減る一方だ。使い道がない状況でお金だけ増えても、銀行は途方にくれてしまう。今回日銀は、政府から預かったボールを銀行に「お前たちでなんとかしろ」と投げ付けているように見える。

 

日銀からボールを投げ付けられた銀行は、リスクを取って投資をしない企業の消極的な経営姿勢を嘆く。銀行から批判された企業は、経団連など経済団体が税制など政策要望を強めている通り、政府が適切な政策を打っていないことを問題視する。

 

つまり、今回のマイナス金利の導入は、すべての経済主体が経済停滞の責任をなすり付け合っているのだ。政府は日銀に、日銀は銀行に、銀行は企業に、企業は政府にボールを投げている。責任のなすり付け合いがぐるっとループしている。

 

誰が無責任のループを断ち切るのか。結局は、企業が奮起するしかないだろう。経済の主役は企業で、政府・日銀・銀行は応援団に過ぎない。応援団がいくら張り切っても、主役が動かずに経済が良くなるはずがない。

 

市場が株高で沸いたこの2年間、日本企業は何をしてきただろうか。たしかに、コーポレートガバナンスの改革など事業運営の基盤は整備されたし、円安効果で大幅増収になった。しかし、新興国の企業が台頭し、アメリカでは革新的なIT企業が続々と生まれているのに対し、日本では起業が一向に盛り上がらないし、既存企業の事業に変化はない。既存事業のコストを削減するか、すでに存在する他社の事業を買収するくらいで、新しい価値を生み出す活動(イノベーション)はあまり行われていない。

 

経営者は、自分たちが経済の主役であることを自覚し、イノベーションの創造に挑戦する必要がある。株主は、M&Aや増配でお茶を濁す企業よりも、イノベーションの創造に取り組む企業を応援するべきだ。もちろん、政府は、企業の活動を邪魔しないように、解雇規制の撤廃など規制緩和を推進することが期待される。日銀は、基本は何もしない方が良い。

 

マイナス金利導入後の日経平均は、初日と2月1日は円安の進行を歓迎して上げたが、2月2日以降4日続落し、導入前の水準を割り込んでいる。行き場を失った銀行の余剰資金が国債に殺到し、国債金利は史上最低を更新し続けている。早くも政策への期待は剥落し、日銀の意図とは異なる展開になっている。

 

今回のドタバタで、賢明な経営者は「やはり政府・日銀に頼ってはいられない」という気持ちを強くしたのではないか。日本の経営者が政府・日銀に頼らず自力でイノベーションの創造に挑む覚悟を決めたなら、マイナス金利には長い目で見て大きな効果があったと言えるだろう。

 

(日沖健、2016年2月8日)