中小企業診断士は足の裏の米粒?

 

日経新聞と日経HRが実施したビジネスパーソンに実施した調査によると、ビジネスパーソンが取得したいビジネス関連資格ランキングで中小企業診断士が人気第1位に選ばれた。自己啓発や就職・転職の切り札とするために資格取得に取り組むビジネスパーソンが増えているが、その中でも中小企業診断士(以下、診断士と略す)は人気資格になっているようだ。

 

診断士は、経営コンサルティングの分野では唯一の国家資格である。資格試験には1次試験と2次試験(さらに実務補修)があり、ともに合格率は20%程度なので、最終的な合格率は4%という難関である。自分のスキルを高め、より高いステージで働くために難関資格にチャレンジしようという意欲的なビジネスパーソンが増えているのは、好ましいことだ。

 

私は1995年に診断士に合格・登録し、今年で20年になる。現在、経営コンサルタントとして活動し、中小企業大学校の中小企業診断士養成課程で後進の育成にも取り組んでいる。自分が保有・関係する資格に社会的な注目を集まるのは、素直に嬉しい。

 

今やビジネスパーソンの憧れの的になっている診断士資格だが、虚像と実像のギャップがよく指摘される。

 

まず、難関資格を突破した診断士は能力が高いと思われがちだが、これは微妙だ。診断士が人気資格・難関資格になったのは2000年頃から後で、それ以降に合格・登録した診断士はおしなべて優秀だ。しかし、それ以前の試験が簡単だった頃に合格した診断士は、私を含めてレベルが低い。コンサルティング能力だけでなく、人間性においても問題のあるベテラン診断士が多く、世代間格差、世代間対立があるのが実態だ。

 

もう一つ、資格を生かしてコンサルティング案件を多数受注し、高収入を得ているという見方があるようだが、そうでもない。診断士の世界では、よく「診断士資格と掛けて、足の裏に付いた米粒と説く。その心は、取りたいが、取っても食えない」と自嘲気味に語られる。診断士には独占業務(資格保有者だけが担当できる業務)がなく、安定的にコンサルティング業務を受注できない。資格を取りたいが、取ってもコンサルタントとして独立して食べて行くのは難しい、というわけだ。

 

ただ、二つ目の点に関して、儲からないというのは平均値の話で、個人差が大きい。億単位で大儲けしているコンサルタントもいれば、無収入に近い場合も多い。

 

そして、大儲けしているコンサルタントは、診断士資格を重視していない。資格と関係が深い商店街診断や中小企業支援といった公的な仕事を避けて、資格に関係なく自分で受注した中堅・大企業相手の仕事をしている。公的な仕事は報酬が1日数万円と安いので、どっぷり浸かると貧乏暇なしになってしまうからだ。

 

つまり、コンサルタントは決して食えない商売ではないが、資格を取ったからといって食べて行けるわけではない。「診断士を取っても取らなくても、実力のあるコンサルタントは儲かる、実力のないコンサルタントは儲からない」というのが実態だろう。

 

では、診断士資格とはいったい何なのか、という話しになる。日本では、資格を取れば独占的に仕事が入ってきて人生安泰、という幻想が根強いが、そういう時代ではない。究極的には、診断士資格は、「経営診断について専門知識を有していることの証明」という以上でも以下でもないだろう。これは、弁護士や公認会計士のような独占業務を持つ資格でも同じだ。弁護士(公認会計士)資格そのものは、「法律(会計)に関する専門知識を有していることの証明」に過ぎず、儲けられるかどうかは本人の実力次第だ。

 

今の世の中に、診断士資格を有り難がって仕事を依頼してくる間抜けな経営者はいない。しかし、企業には勉強しない従業員が多いので、診断士を取れば能力の高さの証明になる。そういう意味で、私は独立コンサルタントよりは、企業内で経営者などトップ層を目指すビジネスパーソンが診断士資格を取得するべきだと思う。

 

診断士の7割が独立せず企業勤務を続ける「企業内診断士」だと言われる。企業内診断士には、コンサルタントとして公的支援を担ってほしいという国の意向に反することから、批判が多い。ただ、「能力の証明」という資格の本質からすると、企業勤務者が診断士に挑戦するのは非常に合理的で、素晴らしいことだと思う。

 

(日沖健、2016年1月18日)