軽減税率はポピュリズムの極み

 

先週16日、自民党・税制調査会は、2017年4月1日に予定されている消費税率の引き上げにおいて、酒類・外食を除く飲食料品と新聞に軽減税率を適用する方針を決定した。

 

消費税は、19894月に税率3%で誕生し、その後19974月に5%、20144月に8%へと引き上げられた。当初は201510月に10%に引き上げられる予定だったが、景気後退懸念から1年半延期になった。国の借金が1千兆円を超える末期的な財政事情を考えると、万が一再び延期になったら、海外投資家が日本国債に売りを浴びせる可能性が高い。再延期は絶対に許されない。

 

低所得者ほど所得に占める消費支出の割合が高いので、消費税には低所得者の負担感が大きいという逆進性があるとされる。今回、軽減税率を導入するのは、スムーズな税率引き上げのために、低所得層に配慮しようということである。来年夏の参院選を控えて、国民の政権批判を抑えたいという政治的思惑があるのだろう。

 

しかし、多くの専門家が指摘している通り、軽減税率はまったく非合理的で、近来稀に見る愚策だ。

 

まず、軽減税率だと、低所得者だけでなく、高所得者の税負担も軽減される。支払い税額は低所得者よりも高所得者の方が多いので、高所得者の方が大きな恩恵を受けることになる。

 

また、購入品目によって税率が異なるので、事業者はシステム対応が必要になる。おもちゃと菓子が一体になった商品や野球場で売る弁当をどう扱うかなど線引きが難しく、小売店などの現場は大いに混乱するだろう。

 

各種世論調査で、軽減税率の支持率が5割を超えているようだ。「そうは言っても、最近食料品が値上がりしており、税率が据え置かれるのはあり難い」という国民感情のせいだろう。

 

しかし、消費税は社会福祉の財源なので、軽減税率によって税収が不足すると、将来的には社会保障の給付抑制につながる。軽減税率は高所得者に恩恵が大きく、社会保障の給付抑制は低所得者に厳しい。つまり、軽減税率は、低所得者の支援にならないばかりか、低所得者を苦しめることにはなってしまうのだ。

 

低所得者に配慮するというなら、軽減税率よりも生活保護を増額する方が合理的だ。生活保護の増額なら、低所得者だけに確実にメリットが及ぶし、事業者にも負担がかからない。

 

政府が生活保護の増額を選択しないのは、一つは、来年の参院選前に低所得年金受給者に3万円を給付する措置を導入することが決まっており、ばらまきの上乗せを避けたいという政府の自制心が働いた面があるだろう。それよりも大きな理由は、軽減税率は生活保護よりもメッセージ性が大きいからに違いない。

 

まず軽減税率は全国民に影響が及び、生活保護の受給者よりもすそ野がはるかに広い。「食料品は消費税が上がらない」というメッセージが明快だ。消費者は毎日の買い物のレシートで軽減税率を目にするので、恩恵を意識しやすい。

 

つまり政府は、実際の効果よりも一般国民へのアピールを狙って軽減税率を選んだのだ。軽減税率が低所得者に厳しい政策であるにも関わらず、政府は国民の無知に付け込んで低所得者の支援策であるとアピールしているわけで、なんとも悪質なポピュリズムだ。

 

ギリシャで国家財政が破たんの危機にあるのに国民がチプラス政権を支持しているのを見て、日本のマスメディアはギリシャのポピュリズムを笑った。しかし、ギリシャよりもはるかに財政状態が悪い日本で繰り広げられている究極のポピュリズムを何とも思わないのだろうか。

 

マスメディアだけでない。多くの専門家が批判し、ちょっと考えれば見抜けるポピュリズムに簡単に引っかかってしまうわれわれ国民も、猛省が必要だ。自分たちを苦しめる政策を喜んで支持している人たちを見ると、この国の行く末を心配してしまうのである。

 

(日沖健、2015年12月21日)