原油価格の低迷が深刻だ。4日に開かれたOPEC総会で、価格下落を阻止するための減産合意には至らなかった。指標銘柄のWTIは、昨年7月まで1バレル100ドル以上あったのが、40ドルを割り込んでいる。
原因は、需要と供給の両面にありそうだ。中国など新興国の景気減速で需要が伸び悩む一方、イランが国際社会に復帰して供給が増える。この危機的な状況でも減産合意に至らなかったことから、今後、原油価格が反発するのは期待薄で、20ドル台まで下落するという悲観論が台頭している。
ところで、昨年夏に原油価格が急落した時、サウジアラビア陰謀説がまことしやかに囁かれた。近年アメリカのシェールガスが石油のシェアを奪うようになっており、サウジはシェールガス潰しのために原油を増産して価格を下落させた、というわけだ。
話としては面白いが、とんだ勘違いだ。サウジは、IMFから2020年には財政破たんすると警告を受けるほど財政が悪化しており、「肉を切らせて骨を断つ」大博打に賭ける余裕はない。世界有数の産油国であるサウジといえども、1970年代のオイルショックの頃と違って、原油市場を支配する圧倒的な力はもはやない。
サウジ陰謀説は、世界の商品市場関係者の間で語られたが、数か月も経たない内に誰も口にしなくなった。ただし日本では、今年になっても経済紙などで複数の専門家が大真面目にサウジ陰謀説を主張していた。その背景には、専門家の勉強不足とともに、陰謀説が一般国民に受けるという日本の特殊事情があるような気がする。
日本人は、大きな事件や出来事を陰謀によって説明するのが大好きだ。会社経営者など社会的地位のある常識人でも、真顔で私に陰謀説を語りかけてくることがある。
坂本龍馬はフリーメイソンのメンバーで、日本を征服しようとするフリーメイソンの世界戦略に従って活動していた・・・。
世界の金融はロスチャイルドなどユダヤ人が牛耳っており、ユダヤ人の陰謀を中心に世界が動いている・・・。
また、本能寺に変が歴史ファンの間で大人気なのも、日本人の陰謀説好きを示している。本能寺の変は、明智光秀が犯人であることは疑いの余地がなく、学問的には重要な研究対象ではない。ところが、明智光秀を裏で操った黒幕や動機を巡って10を超える説が提唱され、「本能寺の変は徳川家康の陰謀だ」といったトンデモ本が毎年のように出版されている。
陰謀説はたしかに面白い。歴史本を読んで推理を働かせて楽しんでいる分には、何の害もない。しかし、原油価格下落のような世界規模の経済現象を陰謀説で考えるのは、滑稽なだけでなく、大局的なものの見方が必要な政治家や経営者には、非常に危険なことだ。
巨大化・グル―バル化した現代社会では、個人や一企業のたくらみが世の中を変えるということは起こりにくい。企業経営や政治の世界ならともかく、マクロ経済のトレンドは、需給のバランスなどの要因で大筋が決まる。
陰謀説にのめりこむのは、大局的な見方ができない日本人の弱点を如実に表している。諸外国の経営者と比較して、日本の経営者はこの部分が著しく見劣りする。世の中の動きや経営全体のビジョン・戦略を語らず、従業員の欠勤が増えただの、現場の5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が甘くなっただの、小さなことばかり語る。新製品を出すという場合、商品コンセプトよりも、微妙なデザインの完成度に拘る。「木を見て森を見ず」の状態だ。
建築家アビ・ヴァールブルクが「神は細部に宿る」と語ったとおり、細部にこだわること自体は大切だ。ただこの名言は、細部に至るまで全体との統合性を保つ必要があると言っているのであって、大きな全体像よりも細部の方が重要だと主張したわけではない。
陰謀説が好きで、どうでもよい細部に拘ってしまう経営者は、ぜひ考えを改めてほしいものである。
(日沖健、2015年12月7日)