富裕層の実像

コンサルタントという職業柄、企業経営者と知り合いになる機会が多い。また、出身大学の特徴から、古くからの資産家・名家の友人がたくさんいる。こうした上流階級の人、いわゆる富裕層については、庶民の羨望の的である一方、実態がヴェールに包まれており、あることないこと、まことしやかに語られる。

今回は、私の知る範囲で富裕層の実態・特徴を紹介しよう。私はMBA留学やシンガポール勤務の繋がりでアメリカ・メキシコ・アルゼンチン・ブラジル・シンガポール・中国などの富豪に知り合いがいるので、日本の富裕層と比較したい。なお、富裕層といっても、ホリエモンのように一代でのし上がった成金(フローリッチ)もいれば、明治時代あるいは江戸時代から続く名家(ストックリッチ)もいる。金融資産を1億円以上保有することが富裕層の条件とされるが、1億円ぎりぎりから、10億円、100億円保有する層まで幅広い。ここでは、あまり知られていない伝統的なストックリッチ、しかも金融資産数十億円以上という層に絞って話を進めよう。

まず、伝統的なストックリッチの職業は、企業のオーナー経営者か、企業に勤めるサラリーマンが多い。老舗企業の創業家がストックリッチというのはわかりやすいが、数として多いのは企業の中間管理職である。現役世代の頃から家賃収入だけで遊んで暮らしている人はまれで、たいていは一般人に交じって仕事をしている。富裕層がサラリーマンをしているというのは、世界的に見て日本とアメリカだけだと思う。

第2の特徴は、生活が慎ましいことだ。富裕層というと、高級外車を乗り回し、銀座・赤坂の一流レストランでグルメをし、という姿を想像するが、そういう派手な生活はしていない。一般人よりも多少いい車に乗り、多少広めの自宅に住んでいるが、食事は自宅で奥さんの手料理を食べる。たまに海外の富豪の大邸宅を訪問すると、「これでもか!」という豪勢な宴席になる。それに対し日本の富豪とは居酒屋のチェーン店できっちり割り勘ということが多い(相手が私だからかもしれないが・・・)。

第3に、交友範囲が狭い。富裕層というと、夜な夜なパーティに顔を出し、政財界、はては芸能界まで幅広いネットワークを築いていると考えがちだ。しかし、そういう社交家は例外的で、学校時代からの友人や親類縁者といった狭い人脈の中で、地味な生活をしている。フェイスブックなどSNSにもあまり熱心ではない。

第4に、家族や家庭を大切にしている。先ほど触れたとおり、ストックリッチは一般人と一緒にまじめに仕事をしているが、仕事に情熱を傾けるという感じではなく、家族や家庭を優先している。富裕層の人と飲むと、仕事や世の中のことよりも、家族や趣味のことが話題になりやすい。これは、海外の富豪とあまり変わりはない。

第5に、性格は至って誠実で、嘘をついたり、はったりをかますことは少ない。そして、他人に対して親切だ。世間の荒波に揉まれずに育ったせいか、私のように人を疑ったり、捻くれたものの見方をすることは少ない。これは海外の富豪にも共通する。

第6に、資産運用は堅実だ。不動産の賃貸などリスクの少ない運用をしている。株を持っている人は多いが、安定した優良株に長期投資をしており、派手に売買を繰り返している人はまれだ。この点は、プライベートバンキングの活用や事業投資に積極的な海外の富豪とかなり異なる。

以上からまとめとして言えるのは、日本の伝統的なストックリッチは堅実・保守的だ。アメリカや中米・南米・アジアでは、セレブが新しいトレンドを次々と創り出しているのと比べて、日本では、富裕層は金を持っている割には存在感を発揮していないと言えよう。

日本には1,717兆円にも及ぶ個人金融資産があり(今年6月末現在。国民1人当たり平均1,370万円!)、その大部分を富裕層が占めている。富裕層が金融資産を取り崩して積極的に消費・投資することが経済活性化の起爆剤として極めて重要だ。

安倍政権は、賃上げによる消費拡大に躍起だが、厳しいグローバル競争に直面する企業が気前よく大幅な賃上げに踏み切るとは思えない。それよりは、生活の心配がない富裕層に財布の紐を少し緩めてもらう方が現実的ではないだろうか。政府には、富裕層の実態を究明し、彼らの消費・投資を活性化させる政策に取り組んでほしいものである。

(日沖健、2015年11月30日)