リスク管理に異議あり

今年は、企業の不祥事が続発している。東芝の不適切会計問題、旭化成のマンション施工不良問題など、日本を代表する大企業が信じられない不祥事を起こしている。日本だけではない。世界に目を向けると、フォルクスワーゲンがディーゼル車の環境性能不正問題で世界を揺るがしている。

もちろん、企業の不祥事は今に始まったことではない。古くは山陽特殊鋼の乱脈経営、三越事件、山一證券の飛ばし問題、など様々な問題が世間を騒がせた。企業の歴史は不祥事の歴史、といっても良いほどだ。ただ、印象としては不祥事の件数が劇的に増えており、社会に与える悪影響も大きくなっている。三越事件など「岡田ってアホだな」と笑って済ませたが、旭化成の問題は、一般国民に甚大な悪影響が及んでいる。

近年、不祥事が増えているとすれば、いくつか理由が考えられる。一つは、企業間の競争が激化していることだ。グローバル化や規制緩和の影響で経営環境が厳しくなる一方、株主重視経営の浸透によって収益性向上の要求は高まっている。企業は無理したり、不正をしたりして何とか株主などの期待に応えようとしている可能性がある。

もう一つ、不祥事が表面化しやすくなったという面もありそうだ。東芝に見るように、不祥事の多くは事情をよく知る従業員の内部通報によって発覚する。会社のためなら不正を黙って見過ごそうという滅私奉公型の従業員が減っていること、ネットの普及で情報発信が容易になったことなどから、以前なら闇に葬られていた不祥事が明るみに出るケースが増えている。

問題は対策だ。経営者は、まず不祥事を起こさせない組織作りに取り組む必要がある。また、不祥事が起こったら適切に対処しなければならない。ただし、この分野の専門家が伝授する対応策には、素人目に疑問を感じることが多い。

一つは、お決まりの「コンプライアンス研修」だ。不祥事は従業員が起こすので、不祥事を起こした企業はたいてい、大慌てで従業員を集めて研修を開催する。しかし、このコンプライアンス研修なるもの、講師が「法律・ルールを守らないとたいへんなことになりますよ!」と精神論で脅かすだけで、従業員のマインドが根底から変わることはない。

実は、従業員のマインドを強調する企業に限って、不正を未然に防いだり、チェックしたりする体制・仕組みが整っていないということが多い。さすがに、コンプライアンス研修を実施しないわけにはいかないだろうが、経営者は、研修開催で満足し、体制・仕組みの構築という自身の責務を忘れてしまうことがないようにしたいものである。

二つ目に、専門家が必ず強調する「迅速対応」も要注意だ。火事と同じで、悪影響は時間が経つほど拡大し、取り返しのつかないことになってしまう。まだ火の手が小さい内に迅速に対応するのが常道だ。

迅速対応それ自体は間違いではないが、迅速さを意識し過ぎて拙速な対応をすると、返って事態を悪化させてしまうことがある。

旭化成は、横浜の事件が発覚後の早い段階で、経営陣が事件は施工を担当した現場責任者の個人的な犯行であることをアピールし、組織ぐるみの犯罪というイメージを拭おうとした。しかし、先週、その現場責任者が担当していない北海道の工事でも不正が発覚し、旭化成の工事をすべて疑え、という事態に発展している。

読売巨人軍による野球賭博でも、福田投手の犯罪が発覚した直後、球団は、他に関与者はいないという調査結果を迅速に公表した。しかし、2週間後、他の2選手の関与が発覚し、暴力団との繋がりが取りざたされるという大事件に発展している。

旭化成と読売巨人軍に共通するのは、迅速に不適切な火消しをした結果、返って火に油を注いでしまったことだ。問題の全体像や真因を特定する適切な対応でなければ、迅速さは返ってマイナスに働くのである。

1990年代の総会屋事件や食品安全衛生をきっかけに企業の不祥事が社会の注目を集めた。それから20年以上たつのに、企業のリスク管理はあまり進化していない。相変わらずビジネスに無知な警察OBや弁護士が跋扈している。今回の一連の事件をきっかけに、企業がリスク管理を高度化させるだけでなく、国は専門家の育成に取り組んでほしいものである。

(日沖健、2015年11月9日)