現場の頑張りに依存しすぎない

9月に開幕したラグビー・ワールドカップが佳境を迎えている。昨日準々決勝を終え、いよいよ来週の準決勝と再来週の決勝を残すのみである。

残念ながら日本代表は先週、予選リーグで敗退したが、優勝候補の南アフリカ、過去2回ベスト8の強豪サモア、過去ワールドカップの2戦2敗だったアメリカから勝利を上げた。今大会前まで日本は7大会すべてに出場してわずか1勝だったから、1大会で3勝を上げたのは驚異の躍進である。とくに南ア戦は、世界に衝撃を与えた。

次回の2019年ワールドカップは、日本で開催される。この調子でさらに強化を続け、次回こそ悲願のベスト8入りし、世界の強豪国の仲間入りをして欲しいものである。

と、希望は大きく膨らむが、不安もある。それは、エディ・ジョーンズ・ヘッドコーチが帰国後の記者会見で「人材不足で、次回の8強は非常に困難」と述べた通り、若手の強化が進んでいないことだ。

日本だけでなく外国でも、チームの核となるのは30歳前後の選手だ。しかし、強豪国では20代前半からすでに活躍し、キャリアを積んでいる選手がたくさんいる。それに対し日本は、若手というと23歳の松島幸太郎が目立つくらいだ。今大会で活躍が注目を集めた五郎丸歩は29歳、山田章人は30歳である。

松島は、桐蔭学園高校を卒業後、父親の故郷南アフリカの強豪チーム、シャークスに参加し、腕を磨いた。一方、高校時代から才能が注目されていた五郎丸は早稲田大学、山田は慶応大学を経てプロ入りし、20代後半で代表に定着し、30歳近くになってようやく才能が開花した。

日本では、早稲田・明治・慶応といった伝統校を中心に大学ラグビーが盛んで、集客ではプロのトップリーグを上回る。まだプロとして生活できるのは一握りのトップ選手という状況のため、有望な高校生はとりあえず大学進学を選択する。

しかし、帝京大学を例外として、ほとんどの大学では選手を育成するシステムが整っていない。また、ラグビーのような世界的なスポーツでは、能力とともに国際経験も重要だが、大学チームにいて国際経験を積むのは難しい。松島と五郎丸・山田の比較から明らかなように、ラグビー選手としての競技力を考えると、大学で4年間プレーするのは回り道でしかない。

ラグビーの母国イングランドでも、かつてはオックスフォードとケンブリッジを中心に大学ラグビーが人気だった。ところが、1990年代のプロ化によって、大学ラグビーは衰退し、プロを中心に競技力向上に取り組むようになった。今後は日本でも、有望な高校生が大学を経由しないで直接プロ入りし、数多くの国際経験を積むようになることが欠かせない。

日本のラグビー界にこうした構造的な欠陥があるにも関わらず、今回、日本代表が見事な成績を収めたのは、一つは堀江翔太・田中史明ら主力がスーパーラグビーに参戦して国際経験を積んだこと、もう一つはジョーンズ・ヘッドコーチが4年間猛練習で選手を徹底的に鍛えたことだ。

つまり、今回の躍進は、システムの不備を選手・監督という現場の頑張りで補った成果と考えるべきだろう。日本代表の活躍に浮かれることなく、日本ラグビー協会は育成システムを抜本的に改革する必要がある。

ラグビーだけでなく企業経営でも、事業・組織の構造的欠陥を現場の頑張りで補うということがよくある。とりわけ日本の製造業では、生産現場で働く従業員の能力・意欲が高いので、突発的なトラブルが発生したときなど、不眠不休で頑張って何とか対処してしまう。

それ自体は非常に素晴らしいことだが、福島原発事故のような大きな変化になると、現場の頑張りだけではどうにもならない。また、あまりに現場の力が強いので、経営トップがそれに依存してしまって、戦略を考えない、構造改革に踏み切らない、という大きな問題がある。

エディ・ジャパンの頑張りを讃えるのは当然だが、同時に日本ラグビーのシステムの欠陥は直視するべきだ。そして、企業経営者には、従業員の頑張りにおんぶにだっこの状態になっていか、自社の状況と自分自身の経営姿勢を振り返るきっかけにして欲しいものである。

(日沖健、2015年10月19日)