新しいスケジュールで初めて実施された2016年卒業者向けの就職活動は、8月末時点で内々定を得た学生が昨年並みの約7割に達した。10月1日の内定で、今年の就職活動は一区切りを迎える。一方、経団連の榊原定征会長が次年度のスケジュールの見直しを示唆しており、就職活動は巡る試行錯誤はまだまだ続きそうだ。
就職活動の話になると決まって出てくるのが、「そもそも、新卒一括採用をやっているのは日本だけ。小手先の変更ではなく、廃止を含めて抜本的に見直すべきでないか」という意見である。
日本では、大学4年生が卒業後すぐ4月1日に入社し、一斉に働き始めるが、これは世界でも珍しい慣行だ。アメリカのように、卒業後すぐ働き始めるのは少数派という国は多い。
新卒一括採用には雇用する企業側にも学生(労働者)側にもメリットとデメリットがある。
企業にとっては、採用活動や教育訓練を一括で実施することができるので、採用や教育の手間・コストが少なくて済むというのが最大のメリットだ。一方、スキルが未熟な新人をたくさん抱え込むので、新人を配属された職場の負担は大きい。新人が育たなければ余剰人員を抱え込むことになるのも、デメリットである
学生にとっては、大したスキルがなくてもとりあえず就職できるのは、大きなメリットだ。一方、卒業時の景気が悪いと希望する業種・企業に就職しにくく、やり直しが利きにくいのがデメリットである。
このように、メリット・デメリットが交錯し、良いとも悪いとも決めかね、数十年に渡ってずるずると制度が続いている。
ここでやや抜け落ちているのが、国家経済・社会にとって新卒一括採用が好ましいかどうか、という論点だ。
日本は、新卒一括採用で海とも山ともつかない学生を企業が受け入れるので、20代の失業率が低い。一方、日本以外では、スキルの高い経験者を優先して採用するので、20代の失業率が高い。欧米では、20代の失業率が当たり前のように10%を超える。
若年層の失業は、単に給料が得られないというだけでなく、社会人初期の重要な時期に教育訓練を受けられないので、その後長期渡って人的資本の形成で不利益を被る。スキルのない学卒者を採用して一から教育するという日本の仕組みは、一見無駄が多いように見えるが、人材のレベルアップという大きなメリットがあるのだ。
ということで、国家経済・社会にというマクロ的な視点で考えると、新卒一括採用は日本が世界に誇る素晴らしい制度であり、今後も維持・発展させるべき、という結論になる。
ただし、いくつか課題もある。一つは、先ほど触れた就職氷河期に当たってしまった不運な学生の処遇だ。ただ、この点に関して、近年「第2新卒」として20代半ばの社員を中途採用する動きが広がっており、この問題はなくなりつつある。
また、グローバルに考えると、日本企業が人材獲得競争に負けてしまうという懸念がある。日本企業は、必要数より多めに新卒者を採用する一方、管理職前の若い世代の給与水準を低く抑えている。20代後半から30代の給与水準は相対的に低くなっており、外資系企業などに人材が流出する原因になっている。そこで日本企業は、中堅層の給与水準を実力相応に引き上げる(一方、中高年層の給与水準を引き下げる)方向で賃金改革を進めている。
以上から、新卒一括採用を維持しつつ、中途採用市場を整備し、実力主義の賃金体系を実現する、というのが改革の方向性であろう。そして、これらは、すでに多くの日本企業が取り組んでいることである。
新卒一括採用について、日本企業は正しい方向に進んでおり、くれぐれも「グローバル化の時代だから欧米企業を見習え」という識者の意見に惑わされないでほしいものである。
(日沖健、2015年9月28日)