「人材不足」は禁句

JR東日本で事件・事故が相次いでいる。去る8月4日、京浜東北線の横浜~桜木町間で架線が切れて、35万人の足に影響が出るという大トラブルがあった。また、首都圏の大動脈であるの山手線などで、不審火と見られるケーブル火災が立て続けに起こっている。国民の生命の安全にかかわることだけに、しっかり真相を究明し、再発防止に努めてほしいものである。

1回だけなら、たまたまミスだったと言えるかもしれない。しかし、短期間でこれだけ立て続けにトラブルが起こると、JR東日本の組織の体質や事業運営のあり方に問題があると推察せざるを得ない。

日本経済新聞などいくつかのマスコミは、今回の事件・事故の背景的な原因として、JR東日本の人材不足を指摘している。JR東日本では、40歳代のミドル・中堅層が全従業員の1割程度と、極端に少ない。そのため、安全などに関わるスキル・ノウハウが現場に教育・伝承されていないという。

「なるほど」と見過ごしてしまいそうだが、考えてみるとずいぶんおかしな話しではないだろうか。

JR東日本は、絶対に潰れない半官半民の企業である。学生の就職人気は非常に高く、これまでも優秀な学生をより取り見取りで採用してきたはずだ。アホな学生すら満足に採用できない中小・零細企業からすると、「人材不足とは、何を贅沢な・・・」という話しになる。

JR東日本で、相対的に40歳代の従業員が少ないのは事実だろう。しかし、50歳以上のベテランが40歳代のミドルに教え、40歳代が30歳代以下の若手に教える、という手順を踏む必要があるのだろうか。50歳台が直接30歳台以下に教えれば簡単に解決する問題ではないか。「40歳代が少ないから組織が崩壊しました」というのは、年功序列の硬直的な階層組織を見直さなかったJR東日本の怠慢以外の何物でもない。

唯一の救いは、「人材不足」と言っているのはマスコミで、JR東日本の経営者などが言っているわけではないことだ。

よく「企業は人なり」と言われるように、人材は企業経営において最も重要な経営資源だ。経営者は、人を雇い、育て、モチベーションを高めて活躍してもらう必要がある。

ただ、人材が優秀だから経営がうまく行った、人材不足だからうまく行かなかったというのは、経営者としてあまりに芸がない。人材がいようが、いまいが、何とか工夫して企業を発展させるのが、経営者の責務である。

私は職業柄、過去数多くの経営者とお会いしてきた。その経験の範囲では、優良企業の優れた経営者から「わが社は人材不足」という言葉を耳にしたことがない。逆に、経営者がことあるごとに「人材不足」と口にする企業は、経営が振るわないことが多い。

何だかんだ言っても、企業経営では経営者が重要だ。経営がうまく行くかどうかは、経営者の決定と行動にかかっている。もちろん、経営資源の中では人材が圧倒的に重要だが、その人材を育て、活用し、成果を実現するのは経営者の役割だ。経営がうまく行かなかったら、人材を含めてすべて経営者の責任だ。失敗したときに人材不足のせいにするような他責的な経営者には、周りの人が付いて来るはずがない。

「人材不足」は、経営者が絶対口にしてはならない言葉だ。もし勤務先や取引先の社長が「わが社は人材不足」と口にしているようなら、危険信号が灯っていると考えた方が良いだろう。

(日沖健、2015年9月14日)