幸運という成功要因

産業能率大学マネジメント大学院で企業経営について教えている。社会人学生が忙しい業務の合間を縫って、高い授業料を払ってわざわざ経営学・戦略論など企業経営について学ぶのは、こうした学問は企業経営という行為・現象を的確に分析でき、実践で有効な処方箋を提供してくれるという考え・信頼が前提にある。

ただ、企業経営には経営学などで合理的に分析できることと分析できないことがある。そして往々にして、分析できないことの方が、企業が成功するかどうかという点で重要な意味を持つように思う。

セコムは、1962年に日本初の警備保障会社として創業し、30年以上に渡って増収増益を続け、今日、売上高8407億円、経常利益1366億円(2015年3月期決算)の優良企業に発展している。時代を先取りして警備保障ビジネスに参入したことや警備員を常駐させる警備方式の限界を悟って機械を使った警備システムに転換したことなど、創業者・飯田亮の的確な経営判断が同社の成功要因だと言われる。

それは間違いないのだが、同時に前回の東京オリンピックで選手村の警備保障を請け負ったことやTBSのドラマ「ザ・ガードマン」で取り上げられたことも、大きな成功要因だ。とくに、創業間もない時期にオリンピックの警備を請け負ったことは、セコム(当時の社名は「日本警備保障」)の知名度を上げただけでなく、警備保障というニーズがあることを国民に認知させ、同社が発展する重要な礎になった。

1962年に創業してまだ2年のセコムがなぜ1964年の東京オリンピックを受注できたのだろうか。セコムが売り込んだわけでなく、オリンピック組織委員会から依頼を受けたことからわかる通り、セコム以外に警備保障会社がなかったから、というのが実態だろう。

創業が1962年より1年遅れたら、時間切れでオリンピックを受注できなかったに違いない。かといって創業が早いほど良いかというと、1950年代だとまだ日本は貧しくてビジネスが成り立たなかっただろうし、仮にうまく行っても大手資本の新規参入を招いたことだろう。1962年の創業は、それより遅くても早くてもいけない絶妙のタイミングであった。「ここしかない!」というタイミングを見事に捉えることができたのは、第三者的には、飯田が天啓に導かれたように見える。つまり、セコムの大きな成功要因は、「幸運」ということになる。

セコムはよく知られた象徴的な事例だが、成功企業の創業者とお話すると、よく「会社がここまで発展してきたのは、神様のご加護のお蔭です」と聞かされる。謙遜で言っている場合もあるだろうが、具体的な事例を挙げて会社や自分がいかに運に恵まれたのかを丁寧に説明してくれることも多い。

松下幸之助も、自身の成功の要因として真っ先に運を挙げている。感覚的な話になるが、名経営者ほど「成功は自分の力ではない」と謙虚であるように思う。京セラ創業者の稲盛和夫のように、引退後仏門に入る創業経営者が相当数いるのは、企業経営の過程で合理的に説明できないことや自分の努力ではどうにもならないことを体験し、最終的に幸運の重要性や運を支配する神様の存在を確信するということだろう。

問題は経営学者や経営コンサルタントだ。中には、晩年の船井幸雄のように幸運や神様の世界に踏み込む場合もあるが、たいていはそういう領域とは距離を置く。とくに経営学者は、「幸運の科学(!)」と言ってしまうと胡散臭いので、幸運を真面目に研究対象として取り上げることない。経営者が幸運に恵まれるか恵まれないかは確率事象だというのが、経営学者の基本スタンスだ。

このスタンスが間違っているとは思わないが、企業の成功要因や優良企業の条件として幸運が厳然と存在する以上、経営学者や経営コンサルタントは、経営学の限界を強く意識する必要がある。自分たちの研究やアドバイスは、企業経営の中でも合理的に説明できる限られた部分だけを対象にしており、実際に企業経営に与える影響は限定的なのだ、と考えることができるかどうか。経営学者や経営コンサルタントに謙虚な姿勢が求められる。

(日沖健、2015年8月24日)