政府が経済の主役というのはおかしい

先週、中国金融当局が人民元の基準レートを3日連続で切り下げた。世界2位の経済大国が突然為替操作に踏み切ったことで、経済の急減速に当局が狼狽していることが明らかになり、世界の株式市場・為替市場に波紋が広がった。

今回の通貨切り下げについて、中国人民銀行の幹部は13日、為替水準を市場の実勢に合わせるための措置だと釈明した。人民元は、事実上アメリカ・ドルに連動する管理フロート制で、利上げを意識して上昇するドルに連動して上昇していたので、実勢に近づけることを狙った措置だという。

ただ、8日に発表された貿易統計で輸出が前年同月比8.3%落ち込んだ直後というタイミングから、元安誘導で輸出をテコ入れしよう当局の意図は明白だ。また、中国国内で消費が低迷する中わざわざ日本に行って爆買いする富裕層に国民が白い目で向けるようになっており、国内体制の安定を図る習近平指導部の意向が働いたとも言われる。

輸出市場で競合するベトナムは早速ドンを切り下げて応戦したが、今のところ、人民元の切り下げ幅も4.5%と小さく、当局も「一時的な措置で、繰り返さない」と述べており、通貨安競争にまでは発展しないという見方が大勢だ。ただ、根底にある中国の景気減速が解決されない限り、今後も同じ措置と国際的摩擦が繰り返される可能性はある。

ところで、今回の通貨切り下げについてアメリカでは、典型的な近隣窮乏化政策であり、中国を為替操作国に指定すべきではないかという議論が出始めている。為替だけでなく、7月下旬から上海市場の下落を食い止めるために露骨な株価対策が行われており、「中国の政策は予測不能で、世界の波乱要因だ」という国際的な非難が広がりつつある。

たしかにその通りなのだが、同時に「日本(やアメリカ)は中国のことを批判できるのか?」とも思う。日本では2013年4月から今日に至るまで、日銀が“異次元の金融緩和”として空前の資金供給を行っている。黒田総裁は、デフレ脱却が目的であると強弁しているが、円安誘導を目的とした為替操作だと外国から指摘されれば、反論するのは難しい。日銀の資産購入規模は世界でも突出しており、国家による市場支配を批判する世界の声に日本は顔向けできない状態だ。

近年、共産主義国家の中国は言うに及ばず、アメリカ・ヨーロッパ諸国・日本でも、経済の主役が民間企業から国家・政府に移っている。2008年のリーマンショックによる需要が急減したことに対応し、各国政府は公共工事などで需要を喚起した。中央銀行による金融緩和で、景気を下支えした。当初は緊急避難措置ということだったが、やがてそれが常態化し、いまや多くの国の株式・債券・為替市場で、政府・中央銀行がメインプレイヤーになっている。

シンガポール建国の父リー・クヮンユーは、「パイを分配するには、まずパイを焼かなければ始まらない」という名言を残している。不当な格差をなくし、弱者を保護するために、パイの分配では国家が一定の役割を果たす必要がある。しかし、公共工事などは、将来の需要を先食いするだけで、パイを焼くことにはならない。そもそものパイを拡大するのは、国家ではなく、民間企業の役割だ。

日本では、アベノミクスの成長戦略が注目・期待を集めるが、本来成長戦略は各民間企業が創意工夫して生み出すべきものだ。公平性やマクロ的視点を重視する国の政策から、グーグルやアマゾンのような画期的な事業は生まれることはない。ソフトバンクを最後に革新的な企業が生まれていない状況を深刻に受け止める必要がある。

今日内閣府が発表する4-6月のGDPは、前年同期比1~2%のマイナス成長に転落すると予想されている。実際にマイナス成長になれば、株式市場からは再び政策を催促する声が広がりそうだ。何でもありの市場関係者はともかく、企業経営者には、自身の思考回路の誤りに気づき、政府への依存心を改めてほしいものである。

(日沖健、2015年8月17日)