経営者の物わかりが良すぎないか

6月に入って株主総会を巡る報道が増えている。形骸化が指摘されて久しい株主総会だが、6月1日からコーポレートガバナンス・コードが適用され、“コーポレートガバナンス元年”と言われる今年は、例年になく大きな注目を集めている。

経営陣が株主との対話を深め、ROEの向上など株主に目を向けた経営を実践することが、日本企業にとって重要課題になっている。そして、今年の株主総会では、企業が①社外取締役の導入・増員、②増配や自社株買い入れ消却、③持ち合いの解消、といった措置を採るかどうかが焦点になっている。

経営陣が株主の利益を増大させること、とくに国際的に見てまだまだ低水準のROEの向上を意識することは大切だ。しかし、焦点になっている3つの課題のうち、企業にとっても株主にとっても明らかに好ましいのは、株主による監視を無力化する③持ち合いの解消だけだ。①社外取締役の導入・増員と②増配については効果が疑わしく、冷静に検討する必要がある。

まず、社外取締役は経営陣に緊張感を与え、外部の幅広い視点を提供できるという効果が指摘されているが、本当にそうだろうか。

社外取締役を選ぶのは形式的には株主総会だが、現在の経営者が候補者リストを作って株式総会で承認する形である。こうした中、経営者に対して耳の痛いことを直言する“うるさ型”の社外取締役が選任されることは、まずない。何社も社外取締役を掛け持ちし、社内の実態に疎い部外者の老人が月1度の取締役会にひょっこり顔を出して、まともなアドバイスをできるとは思えない。

すでに社外取締役を導入した企業の経営者は、判で押したように「外部の多様な視点が得られて、取締役会が活性化しました!」と優等生発言をする。しかし、実態は、居場所を失った大企業のOB経営者や“芸者”と言われる経営学者・弁護士に小遣い稼ぎをさせているだけで、報酬に見合った効果を上げているとは考えにくい。過去の多くの実証研究も、社外取締役による業績改善の効果を否定している。

増配(自社株買い入れ消却は、増配とほぼ同じ経済効果を持つので、ここでは割愛)については、株主はお金が入って得をした気分になるが、配当を受け取ったらさっさと売却する短期の株主を除いて、株主の利益に反することに注意が必要だ。

企業が生み出す当期純利益はもともとすべて株主のものなので、それを内部留保で企業の銀行口座に置いておこうが、配当で株主の銀行口座に移し変えようが、置き場所が違うだけで、株主にとって損も得もない。というのは理論的な話で、実際には、株主は配当を受け取ると、所得税を引かれ、新たに投資先を探す必要がある。成長が続き、今後も資本需要が大きい企業なら、わざわざ配当して増資で改めて資金調達するのは、面倒な話しだ。内部留保して、設備投資などに回して株価を上げた方が、長期保有の株主にとっては大きなメリットがある。

逆に、増配が意味を持つのは、将来性に乏しく、資金需要がないダメ企業である。本来、増配は「わが社に将来性はありません。株主の皆様に資金をお返ししますから、もっと将来性のある他社に投資してください」と白旗を上げていることを意味するのだ。マクドナルドやマイクロソフトは、創業後、成長を続けた間はずっと無配で、数十年経って、成長が止まったら配当を開始している。

このように社外取締役や増配の効果は疑わしいのだから、拒否反応を示す経営者が出てきて良いように思う。さすがに東証の上場規則にルール化されている社外取締役は拒否できないものの、起用・活用の方法についてはもっと議論があって良い。増配・自社株買いについては、「うちは成長企業だから無配にします」と胸を張って宣言する経営者が現れないものか。

このところ、社外取締役や増配・自社株買いに異を唱えるどころか、もろ手を挙げて賛同する経営者が増えている。かつて株主との対話や株主還元に消極的なことで有名だったファナックが3月に増配や自社株買いを表明し、大きな話題を呼んだ。4・5月の決算発表では、増配・自社株買いを表明する企業が続出している。日本の経営者は、ずいぶん物わかりが良くなったものだと思う。

物わかりが悪く、株主をないがしろにしていた一昔前の経営者は論外だ。しかし、短期投資家の偏った要求を無批判に受け入れる物わかりの良い経営者も、大いに問題だ。増殖している物わかりが良い経営者を見ると、ちゃんと頭を使って考えて経営しているのか、と大いに不安に思うのである。

(日沖健、2015年6月8日)