田舎暮らしはお勧めできない

このところ、田舎暮らしが注目を集めている。65歳を超えてリタイアした団塊の世代が地方に移り住み、農業などをしながら悠悠自適の生活を送るのがブームになっているという。リタイア組だけでなく、NHKの朝の連続テレビ小説「まれ」でも描かれているように、働き盛りの現役世代や20台の若者の間でも、田舎暮らしに注目されている。

個人的には、今年50歳になってリタイアのことを意識するようになった。農業・漁業は好きではないので、「沖縄かフィリピンでデイトレードでもしながら生活しようかな」などとぼんやり考えている。田舎暮らしを紹介するバラエティ番組には、自然と食いつくようになった。

都会での忙しい会社生活に疲れたリタイア世代が田舎でのんびり老後を過ごそうというのは、至って自然な願望だ。しかし、働き盛りの世代や20代の若者まで田舎暮らしをしようというのは、いかがなものか。

田舎暮らしには、水や空気がきれい、地元民の人情が溢れている、生活費が安い、といったメリットがある。ただ、看過できない重大なデメリットもある。

デメリットの一つは、生活インフラが整っていないことだ。地方でも中核都市ならともかく、農業・漁業ができるような田舎だと、買い物にも病院通いにも不自由する。過疎化や自治体の財政難で、インフラの劣化は今後どんどん加速するだろう。とりわけ高齢者にとっては、近くに病院がないというのは、生活する上で致命的ではないだろうか。

もう一つ、若い世代にとって問題なのが、満足な収入を確保できる働き口がないということだ。農業は兼業が多いので収入の実態を把握しにくいが、個人経営で農業から2百万円以上の現金収入を得ているのは、少数派のようだ。移住者は収入が少ないのは先刻承知の上だろうが、百年に及ぶ長い人生をちゃんと食べて行けるのか、他人事ながら心配してしまう。

こうしたデメリットを勘案すると、まとまった財産と健康体に恵まれた特殊な人以外は、田舎暮らしをお勧めできない、という結論になる。一見慎ましく見える田舎暮らしだが、実は、たいへんぜいたくな生き方なのだ。

もちろん、人によって懐事情は異なるし、そもそも人の生き方について他人がとやかく言うべきではない。ただ、田舎暮らしが一時的なミニブームにとどまらず、日本人のライフスタイルとして普及・定着するようになったら、非常に危険な未来が待っている。

経済発展の歴史は、より良い職業地を求める移住の歴史でもある。狩猟や農業・漁業の時代には、より大きな獲物や温暖な気候を求めて人々は移住を繰り返した。明治以降の工業化の時代には、東北・四国・九州の人たちは、東京・大阪の町工場、関東北部の紡績工場、筑豊の石炭など、新興産業での職を求めて移住した。ブラジルやハワイなど海外に活路を求める人も多かった。

古い衰退産業が支配する地域や成長産業がない地域から、新しい成長産業が勃興する地域に人が移住することで、人的資源の最適配分が行われ、経済が成長する。これは日本だけでなく、アメリカ・中国など、どこの国でも起こっていることで、普遍的な法則と言って良いだろう。

田舎暮らしは、発展・成長地域から衰退・停滞地域に移住するもので、普遍的な法則とは真逆である。まだ物珍しいくらいの状態なので問題ないが、これが本格的に普及・定着したら、経済成長率の低下、税収減少、低所得世帯の増加、教育水準の低下、など深刻な事態になるだろう。

                                      (日沖健、2015年6月1日)