役員報酬の改革に期待

このところ、役員への報酬に自社株を交付する企業が増えている。KDDI・大林組・武田薬品工業など、すでに百社以上の上場企業がこうした報酬制度を導入しているという。企業統治の改善を求めるコーポレートガバナンス・コードの適用を控えて、役員報酬のあり方も変わろうとしているようだ。

諸外国の企業と比較して、日本企業の役員報酬には、2つの大きな特徴がある。一つは支給額が少ないこと、もう一つは固定給の割合が大きいことだ。

支給額については、一流大手企業のトップでも1億円に届くか届かないかで、最低保証1千万ドル(約12億円)、業績連動部分を加えると数千万ドルに達するアメリカ企業とは比べるべくもない。国際比較はさておき、新入社員の数十人分しかもらっていないのは、経営者の職務の重大さを考えると、いかにも安すぎる。また、その微々たる金額の役員報酬の7-9割が固定給で占められる。世間では成果主義が喧伝されているが、従業員時代の延長で、業績・実績に関係なく毎年決まった額を月給感覚で支給している企業が大半だ。

こうした日本独特の役員報酬は、役員のマネジメント行動を大きく損なっている。日本企業の役員は、企業経営を担うリーダーではなく、長年に渡って頑張った従業員に「ご苦労さん!」と報いる“上がりのポスト”である。役員たちは、業績改善に貢献してもしなくても報酬は変わらないので、大胆な意思決定を回避し、サラリーマン生活の“有終の美”を大過なく終えようとする。

外部環境が良好だった高度成長期にはそれでも大きな問題はなかったが、し烈なグローバル競争の時代を迎えて、大きな改革を主導できる優れた経営者が求められるようになっている。そのためには、リーダー養成の取り組みとともに、役員を経営改革やそれによる株主価値向上へと動機付ける報酬制度が必要である。

日本企業でも2000年頃、役員を業績・株価の向上へと動機付けるために、ストックオプション(自社株を購入する権利)を付与することが流行した。ただ、ストックオプションは、業績が上がって株価が上昇している局面では良いが、株価下落の局面では、経営者は報酬が得られないだけで損失を被るわけではなく、株主と利害が一致しない。ストックオプションで経営者は、株主の金で博打をして、勝ったら自分の儲け、負けたら株主にケツを拭いてもらう、という形だ。経営者に有利、株主に不利な理不尽な仕組みで、日本ではあまり浸透しなかった。

その点、役員報酬を自社株で支払うのは、株価の上昇局面でも下落局面でも株主と経営者の利害が一致するので、経営者を動機付ける上で有効だ。今は試験的・部分的に導入している状況だが、固定給の割合を全体の半分以下に減らすとともに、業績連動給の部分を自社株に切り替えることを期待したい。

もう一つの課題は、そもそもの報酬額引き上げである。日本では、「役員といっても従業員の延長で大した仕事をしていないのだから、報酬が低くて当然」という雰囲気が支配的だ。ここは、報酬を大幅に引き上げる代わりに経営者としてしっかり仕事をしてもらおう、という発想の転換を期待したい。

自社株を付与することが株主からの賛同を得やすいのに対し、報酬額の引き上げは、株主だけでなく、社会からも賛同を得にくい。日本では、もともと平等主義が根強いところへ、最近は格差論議で盛り上がっている。格差社会の“勝ち組”である役員の報酬をさらに増やすとなると、抵抗感は相当に大きいだろう。

世界では、優れた経営者をスカウトするために、し烈な人材獲得競争を繰り広げている。ストックオプションのような理不尽な制度が広がったのも、魅力ある報酬を提示しないと優秀な経営人材が寄ってこないからだ。幸い日本企業は、日本語の壁があるので、世界から優秀な人材を招き入れることができない半面、日本の優秀な人材の確保で困ることはない。世界の人材獲得競争を高みの見物していられるわけだ。

ただ、グローバル化の時代に、いつまでそういうぬるま湯状態が続くものだろうか。役員報酬のあり方を巡るコーポレートガバナンスの議論が深まっていくことを期待したい。

(日沖健、2015年5月11日)