ボクシング“世紀の対決”、マニー・パッキャオ対フロイド・メイウェザーが2日(日本時間3日昼)ラスベガスで行われ、メイウェザーが勝利を収めた。数多くのタイトルを獲得した歴戦の名王者同士の対戦ということで、興行総収入は約500億円と史上最高を記録したという。最高120万円のリングサイド席が発売と同時に売り切れたことが話題を呼ぶなど、何もかも桁外れの興行だった。
ところで、日本では、WOWOWに加入すれば、2,500円足らずで“世紀の一戦”を観戦することができた。アメリカでは、ペイパービューで約1万5千円を支払わないとこの一戦を視聴できなかったらしい。日本のファンは、たいへん格安に楽しめたことになる。
今回のボクシングは特殊な事例かというと、そうでもない。今、世界的に見て、日本国内のサービス価格は割安になっている。
東京ディズニーランドの入場料は、この4月に6,900円に値上げされ、ファンからは「ちょっと高すぎる」という不満の声が出ている。しかし、フロリダの105ドル(約12,500円)だけでなく、香港などを含め、東京は世界のディズニーランドの中で最低価格になっている。
私は出張で大阪・神戸・名古屋などによく宿泊するが、1万円足らずで駅近の質の良いホテルに泊まることができる。香港・シンガポール・ニューヨークでは、1万円以下だとかなり不便・不潔な安宿になってしまう。
かつて日本のサービスは、細やかな心遣いなどサービスの質は高い一方、価格も高いとされた。「高品質・高価格」である。ところが近年、急速に円安が進行したこととアジア新興国が経済成長で物価が高騰したことなどから、国際的に見て日本のサービス価格が割安になっている。
「質の良いサービスを安く利用できるなら、万々歳では?」と思うかもしれないが、果たしてそうだろうか。
サービス価格が安いことのメリットは、もちろん、利用者の負担が少なく済むこと、そのため利用者のすそ野が広がることだ。立ち食いうどんのような画期的なサービスが日本人の昼食の定番になったのは、やはり低価格によるところが大きい。
一方、低価格にはデメリットもある。色々なデメリットの中で注目するべきなのは、サービス業者の収益が圧迫され、サービスの質が低下してしまったり、新サービスの創造が阻害されたりすることだ。
日本のホテルや飲食店は、低価格の中で何とか利益を確保するため、従業員を減らしたり、人件費が安いパート・アルバイトや外国人労働者で何とかやりくりをしたりしている。そのため、サービスの質が低下するだけでなく、魅力的な新サービスを作り出す資金・時間の余裕がなく、さらに低価格化しないと顧客を獲得・維持できない、という悪循環に陥っている。
日本のサービス産業を発展させるには、この悪循環を断ち切ってサービスの質とサービス価格を上げていくことが重要だ。勘と経験に頼ることが多いオペレーションを改善して生産性を高めるとともに、サービスの質と価格を上げることだ。
近年、サービス・サイエンスが注目を集めている通り、生産性を高める企業の動きは活発化しつつある。それに対して値上げの方は、日銀がデフレ脱却を目指して2年以上も強力に金融緩和していることや少子化で人手不足が深刻化しているにも関わらず、遅々として進まない。
これは、日本人の心の中に、サービスの値上げを阻む抜きがたいメンタリティがあるということではないだろうか。長年かけて刷り込まれた、「サービスはモノに付随するオマケ」「サービスはタダで当たり前」「モノづくりこそ日本の本業で、サービスは虚業」といった考え方だ。企業や日銀が努力するだけでは、こうしたメンタリティを変えるのは難しい気がする。子供のころからの消費者教育を含めて、全国民を挙げた息の長い取り組みが求められる。
(日沖健、2015年5月4日)