東大・早慶の地方大学化は由々しき問題

 先日、東京私大教連が公表した調査結果によると、首都圏の私立大学に親元を離れて通う大学生(以下「下宿生」)の1日あたりの生活費は平均897円だったという。バブル期には2,500円近くあった生活費は、調査開始以来の最低を更新し続け、ついに千円を割った。同じ調査によると、親からの仕送りは1か月88500円で、こちらも年々減り続けている。

学食やコンビニ弁当で食事を安く済ませているとしても、1日900円では食べていくのに精一杯だろう。せっかくの東京暮らしなのに、渋谷だ、新宿だと学生生活をエンジョイする余裕はなさそうだ。下宿生の厳しい生活環境は、「苦学」という死語が復活したというべき気の毒な状況だ。

いま東京の大学では、地方から下宿生が減少し、大半の学生が関東地区の高校から入学し、自宅通学するようになっている。東大・早稲田・慶応といえば、日本を代表する全国区の大学とされるが、各校とも関東地区出身の学生が6割に達している。東大・早慶ですら、事実上、関東地区のローカル大学になっているのだ。その他の東京の大学、さらには地方の大学がこの状況に輪をかけていることは想像に難くない。

こうしたローカル大学化の原因について、若者の地元志向が強まっていることを指摘する向きがある。ただ、若者の地元志向は、原因というより結果ではないだろうか。地方の家庭では、所得減少で子供を東京に送り出す経済的余裕がなくなり、やむなく地元の大学に通わせていると思われる。

ネット掲示板などでは、「別に無理しなくても、地元の大学に通えば良いのでは?」という感じで、ローカル大学化はさっぱり話題にならない。しかし、個人的には、国家の将来を左右しかねない、重大な問題だと思う。

新興国が台頭し、「安くて品質の良いものを作る」のは日本企業の専売特許ではなくなった。今後日本企業は、他国に簡単に模倣されないイノベーション(革新)を創造し続けるしかない。イノベーションを生み出すのはヒトで、イノベーションを主導できる人材を育成する場として、大学への期待は大きい。また、イノベーション創造の場としても、大学は重要な存在だ。企業の研究開発は、既存の技術を発展させて製品化する漸進的なイノベーションが中心で、ⅰPS細胞のような世の中を大きく変えるイノベーションは、大学の研究から生まれることが多い。

しかし、人材育成の場、イノベーション創造の場として、日本の大学は実にお寒い状況にある。QS世界大学ランキング(2014/15)によると、日本勢トップの東大ですら31位で、トップ10はすべてアメリカ・イギリスの大学が占めている。日本の大学の多くは、戦前からの講座制の弊害で、時代の変化に合ったカリキュラムへの改革が進んでいない。東北大学のように、いまだにマルクス経済学を教えている大学があるくらいだから、開いた口が塞がらない。

日本の大学では、カリキュラム・教員・組織運営などあらゆる面で抜本的な改革が必要だ。中でも期待されるのが、学生の多様化である。イノベーションは多様な知識・情報を組み合わせることで生まれる。多様な人材が集い、様々な角度から試行錯誤する営みが欠かせない。生まれも育ちも東京で、限られた幼馴染としか交流しない若者は、いくら知能指数が高くても、イノベーションの創造には不向きだ。

世界一の大国アメリカの中でもとりわけ国際競争力があるのが、大学教育だ。アメリカの有名大学には、世界中の優秀な若者が集まり、切磋琢磨して成長する。そして、スタンフォード大とシリコンバレーの関係に典型的に見るとおり、卒業生の多くがアメリカに留まり、イノベーション創造の主役となる。日本の大学とは、学生の知能指数では大きな差はないが、多様性やダイナミズムという点で、天と地ほどの違いがあるのだ。

大学の改革というと、入試の多様化やトレンドに合った学部の新設に注目が集まる。それも必要には違いないが、学生の多様化を強力に推進する必要がある。究極的には半数以上を外国人にすることが期待されるが、最初のステップとして下宿生の割合を増やすべきだ。各大学の自助努力には限界があることから、下宿生に対する奨学金制度、生活費補助、寮など寄宿施設を充実させるなどの政策支援を期待したいものである。

(日沖健、2015年4月27日)