M&A礼賛は危険だ

このところ、日本企業のM&Aへの取り組みが活発になっている。とくに、2月に日本郵便が豪州物流大手トール社を6,200億円で買収すると発表するなど、海外企業を狙った大型買収が相次ぎ、注目を集めている。

よく“失われた20年”と言われるように、つい最近まで日本企業は、コスト削減など縮小均衡策によって押し寄せる環境変化に何とか対応するのが精一杯だった。経営者が攻めの姿勢に転換し、海外でのM&Aに打って出るというのは、好ましいマインドの変化である。

ただ、派手に報道されるM&Aには、企業価値増加に貢献しない問題案件が多い。マスコミが「M&Aで日本企業の体質が大きく変わった」「M&Aで高成長が期待できる」と礼賛しているのは非常に危険である。なぜ、どのように危険なのかを考えてみよう。

まず考察の前提として、M&Aそれ自体は、企業価値には中立だということを理解する必要がある。時価総額100のA社が100のB社を買収しても、時価総額200のAB社という大きな会社が生まれるというだけで、何か新しい価値が生み出されるわけではない。M&Aは、株主や社会にとって、良いことでも悪いことでもない。

M&Aが企業や株主にとって「良い」と言えるのは、両社の間でシナジー効果が生まれて、時価総額が250とか300になる場合だ。しかし、実際には、シナジー効果や価値中立どころか、逆に企業価値を下げてしまうケースが多い(上の例だと、150とか200未満になること)。さまざまな研究によると、半数以上のM&Aは、逆に企業価値を毀損しているという。

M&Aが失敗に終わる大きな要因は、高額のプレミアムを付けて割高に買ってしまうことだ。いわゆる“高値掴み”である。一般にM&Aでは、現在の株価よりも何割かのプレミアムを付けて既存の株主から株式を買い取る。シナジー効果を冷静に見積もって適正な範囲のプレミアムに収まれば良いのだが、M&Aがブームになり、無知なマスコミや投資家から「まだM&Aをしないのか?」と急かされると、経営者は冷静でいられない。「何がなんでも買いたい」と焦り、シナジーを過大に見積もって、とんでもない高値掴みをしてしまう。

もう一つ、経営者が期待するほどシナジー効果が簡単に実現しないことも、隠れた大問題だ。管理部門の人件費が減るだろうとか、購入ロットが大きくなって調達コストが下がるだろう、といった効果はわかりやすい。しかし、今なお語り継がれるみずほのシステムトラブルに象徴されるように、実際にはM&A実施後の統合作業がうまく行かず、余計なコストが発生することが多い。M&Aのメリットは事前に見えやすいが、デメリットは実際に統合してみないとわからないということだ。

こうした問題点が如実に表れるのが、海外企業のM&Aである。海外企業では入手できる情報が制約され、適正なプレミアムを見積もりにくい。しかも、このところの円安で、以前と比べて円貨では確実に割高な買い物になってしまう。同じ日本語を話す日本企業が相手でも苦労するのに、満足に言葉が通じない外国企業と統合を進めるのが容易でないことは、改めて強調するまでもないだろう。

このように、海外企業のM&Aは、なかなか勝ち目のない「敗者のゲーム」と言えそうだ。

ただ、だからと言って、「海外企業のM&Aなんてやめてしまえ」と主張するつもりはない。海外事業を自社で一から自力で展開するのは、理想的だが難しくことだ。よく「M&Aは時間を買う」と言われるように、M&Aで橋頭堡を築くのは、合理的な経営判断だ。

日本企業がスピーディにグローバル化を進めるには、今後M&Aが必須だ。しかし、“失われた20年”と言っている間にグローバル化で諸外国の企業に遅れを取った日本企業が、何とか失地挽回のためにもがいているだけのことだ。くれぐれも、「M&Aが日本企業を救う」「当社はM&Aをしたから一安心」などと誇大な妄想をしてはならないのである。

(日沖健、2015年4月20日)