柳井氏は格差問題の象徴か?

アメリカの経済誌「フォーブス」が先週2日に発表した2015年の世界長者番付によると、資産10億ドル(約1200億円)以上の富豪は前年比181人増の1826人と、史上最多を更新した。日本人では、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正社長が41位でトップだった。

トマ・ピケティの『21世紀の資本』をきっかけに世界中で格差問題が議論されていることもあって、今年の世界長者番付は例年以上に大きな注目を集めた。日本でも、ヤフーなどネット掲示板では、このニュースに関して無数のコメントが投稿された。

日本の反応で一目瞭然としているのは、柳井氏を誹謗中傷するコメントが圧倒的に多いことだ。「おめでとう」「素晴らしい」というコメントはほぼ皆無で、「格差が広がるのはけしからん」「労働者を搾取して経営者だけが良い思いをするのは間違っている」といった意見ばかりが並んだ。

3年前頃から、ファーストリテイリングは労働者を酷使するブラック企業だとネットや週刊誌で叩かれていた。そのブラック企業の経営者が日本一のお金持ちになったということで、格差を批判するネット世論は「それ見たことか!」と大いに反応したようだ。

しかし、柳井氏への批判には、強い違和感を覚える。今回の柳井氏のランクインは、日本の格差問題を象徴していると言えるのだろうか。

今年の長者番付で、日本人トップの柳井氏が41位で、100以内に入ったのはもう1人ソフトバンクの孫正義社長だけだ。1826人中、日本人はわずか24人にとどまる。それが良い悪いという議論の前に、世界第3位の経済大国としては、あまりに少ないというのが実感である。

ピケティは、富を持つ資本家がますます資産を増やし、貧富の格差が広がると主張する。今回の番付を見る限り、世界的にはピケティの指摘は当てはまりそうだ。しかし、日本では、今回の番付だけでなく、超富裕層が大幅に増えているというデータは存在せず、ピケティの主張は当てはまらない。多くの国内の経済学者が指摘するように、日本で問題なのは、柳井氏のような突出した富裕層が増えていることではなく、若年層のニートやフリーターなど貧困層が増えていることだ。

しかも、柳井氏は、ブラック企業批判を受けて改心(?)し、パート・アルバイトを大量に正社員化したり、労働条件の改善に意欲的に取り組んできた。今さら柳井氏を「格差問題の象徴」「労働者を搾取する強欲経営者の典型」と批判するのは、かなり無理があるのではないか。

おそらく、ネット投稿者や多くの日本人は、柳井氏が憎いというより、誰でも良いから成功者を批判したいのに違いない。

アメリカでは、よく“アメリカン・ドリーム”と言われるように、夢を実現した成功者は憧れ・尊敬の対象だ。他人の成功体験を見聞きしたら、まずその努力を讃えて祝福し、「どうしたら俺も成功者になれるんだろう」と考える。

一方日本では、成功者を「労働者を搾取したんだろう」「運が良かっただけに違いない」とまずけなし、自分に対しては、「お金を儲けても幸せにはなれない」「人をだまして成功するより、貧しくても誠実に生きることが大切だ」などとつまらない自己弁護をする。

どちらが全うな考え方か、どちらの社会が発展するかは、改めて論じるまでもないだろう。

柳井氏は、日本一のお金持になった今も、基本的には毎日まっすぐ自宅に帰り、1日1冊本を読み、本から得られたアイデアを翌日会社で試しているという。こういう成功のための地道な努力に目を向けず、批判や自己弁護ばかりするのは、どう見ても発想が歪んでいる。また、そういう歪んだ発想の日本人を厳しく糾弾する日本人があまりいないのも、たいへん不幸なことだ。

貧困者対策はたしかに必要だ。しかし、成功者をけなしても世の中も自分自身も良くならない。日本人は、この当たり前の現実を直視する必要があるだろう。

(日沖健、2015年3月9日)