昨年後半から、日本企業が海外で行われている生産活動を国内に回帰させる動きが活発化している。パナソニック、シャープ、ダイキン工業、キヤノン、TDK、小林製薬、ホンダといった大手メーカーが、中国などで生産し日本に輸入している製品を国内生産に切り替える検討に入った。
海外移転した生産現場が戻って来るという話しだけではない。国内で生産設備を新設・増強したり、検討していた海外移転を取り止めて国内生産を維持することに方針転換した企業も多いようだ。トヨタ自動車、日産自動車、富士重工業といった完成車メーカーは、米国で販売する車種の一部を、日本の余裕のある設備で追加的に生産する可能性があると報じられている。今治造船は、日本国内では16年ぶりとなるドックの新設を表明した。
生産の国内回帰は、2つのコスト要因によって生まれている。一つは、アベノミクスによる金融緩和で円安を受けて急激な円安が進み、国内の生産コストが下がったこと、もう一つは、日本企業が2000年代に生産拠点を移転したアジア各国で人件費が高騰していることだ。近年、中国・タイなどでは毎年10%以上も賃金が高騰しており、低コストの生産拠点という魅力はなくなった。
生産の国内回帰は、日本経済にとって朗報、アベノミクスの成果だとされるが、本当に喜ばしいことだろうか。
生産の国内回帰が朗報だとされるのは、おそらく、国内の雇用が増えることと貿易収支が改善することの2点であろう。しかし、この2点の効果は疑わしい。
国内では、すでに失業率が3.4%まで低下し(労働力調査、2014年12月)、ほぼ完全雇用になっている。少子化で若い働き手が減っていることに加え、東日本大震災の復興関連工事で、人手不足が問題になっている。今さら工場が戻ってきても、そこで働く労働者を確保するのに苦労しそうだ。
大幅な円安でも輸出数量があまり増えないことについて、「生産拠点がすでに海外に移転してしまったからだ」、つまり「輸出したくても国内で生産できないからだ」とよく言われる。しかし、実際は、日本企業のイノベーションの停滞と新興国企業のレベルアップによって、海外市場で日本製品の魅力が相対的に低下してしまったことが大きい。生産現場の国内回帰で生産力が上がっても、売れないことには、貿易収支は改善しない。
つまり、生産の国内回帰は、雇用においても貿易収支においても、まったく効果がないとは言わないが、それほど朗報というわけではなさそうだ。
それよりも個人的に心配なのは、生産の国内回帰で、日本企業の構造改革が停滞してしまうことだ。
今後、日本企業がグローバル競争を勝ち抜くには、新興国では作れない、斬新な、付加価値の高い製品を作る必要がある。新興国でも作れる簡単なものは、どんどん新興国に移転し、労働力が減少する日本国内では、研究開発や試作品の製作など高度な生産活動に特化するべきだ。
日本国内の高度な生産技術力や日本人労働者の高度な技能を生かせる生産現場なら、もともと海外に移転していかなったはずだ。ちょっとしたコスト条件の変化で国内に戻って来るのは、「国内のコストが髙ければ戻さないが、コストが低くなれば戻そう」という限界的な、低レベルの生産現場ということだ。
今回、低レベルの生産現場が日本に戻って来るのは、これから高付加価値化を進める日本企業の取り組みに逆行することになる。これは、長い目で見て日本企業の構造改革を遅らせ、グローバル市場での優位性をますます低下させることになる。
それにしても、アベノミクスを自賛したい政府はともかく、マスコミや学者が生産現場の国内回帰を批判しないのは、どうしたことだろう。誰にも批判されることなく、危険な病状がどんどん悪化して行くことに、大きな不安を覚えるのである。
(日沖健、2015年2月2日)