経営者視点で現場を見てみよう

よく「お御輿経営」と揶揄されるように、伝統的に日本企業は、トップのリーダーシップはお粗末だが、小売業の売り場や製造業の生産現場といった末端の現場は優秀だ。現場の従業員は、基本的な技能が高いだけでなく、自発的な改善活動など意欲・マインドでも世界的に高く評価されている。

ところが近年、その現場が急速に劣化し、危機的な状態になっている。多くの現場で、生産性の低下、ミス・トラブルの増加、モチベーションの低下、といった好ましくない現象が起きているという。私がコンサルティングなどでお邪魔する企業でも、現場が劣化している印象をたびたび受ける。

現場が劣化した原因としては、リストラによる人減らし、スキルの低い非正規労働者の増加、管理・監督者の減少による人材育成の後退、海外への生産現場の移転などが指摘される。新興国企業の現場がレベルアップし、日本企業の現場の優位性が相対的に低下しつつある。

経営者と現場について話をすると、哀しい気持ちになることが多い。「なぜ現場が大切なんですか?」と訊ねると、「現場が企業の原点だからです」といった禅問答になる。「これから現場をどう建て直すんですか?」と訊ねると、判で押したように「5Sを徹底します」という答えが返ってくる。

経営者の視点で、現場の改革について考えてみよう。

経営者は、まず、自社にとって本当に現場が大切なのかどうか、冷静に判断する必要がある。現場とは、経営者や事業責任者が立案した戦略・計画を実現するためのオペレーションを担う場だ。日本では現場が絶対視され、神聖化されているが、あくまで経営の目標を達成するための手段に過ぎない。たとえば、メーカーが製造作業を外部委託して生産現場がなくなっても、それで戦略・計画を実現できるなら、何ら困ることではない。現場を絶対視するのは間違っている。

現場に価値があるというのは、その現場でしか実行できない何らかのオペレーションがあるか、同業他社の現場よりもQCDで勝っている場合であろう。そういう条件に該当すると期待できるなら現場の立て直しに取り組むべきだが、そうでないなら海外移転や外部委託を進めるべきだ。日本では、雇用維持のために何となく国内に残している現場が多く、本当に価値のある、自社にとってなくてはならない現場は意外と少ないのではないだろうか。

現場に価値があり、これから立て直して行こうというなら、経営者は「5Sを徹底しろ」と現場を突き放すのではいけない。現場レベルで対応できることには限界があり、経営陣を中心に、組織体制・人材育成・機械化・IT化など全社的に対応する必要がある。

全社的な対応を進めるに当たり、経営者は、実際に現場を目で見て確かめるべきだ。現場の改革について良い経営判断をするには、現場のことを知る必要がある。もちろん、細かいことまで知る必要はないのだが、自分の目で見て肌感覚を持つことが、経営判断の誤りを防ぐのに役立つ。

また、経営者が現場を見ることは、現場で働く従業員の士気を高める上でも有効だ。人間は、他人から見られている、気にかけてもらっている、と感じると、仕事へのモチベーションを高める。経営者が現場を歩いて一声かけると、現場のムードは一変する。

残念ながら、こまめに現場を見て歩く経営者が減ったように思う。現場が海外に分散してしまったこと、持ち株会社制の会社が増えて経営者が子会社の社長に遠慮していること、経営者が多忙になったことが原因であろう。

経営者は、現場を絶対視せず、現場のあり方を冷静に判断し、現場に足を運び、現場の声に耳を傾け、地に足の着いた改革を進めて欲しいものである。

                                       (日沖健、2015年1月26日)