消費税増税先送りは危険な賭け

今月に入って、衆議院解散が取りざたされるようになった。明日18日にも安倍首相は、「消費税再増税を2017年4月まで1年半延期することについて国民に信を問う」という理由で、解散に踏み切る。

消費税増税は、民主党政権時代に自民党・公明党も含めて3党が合意し、法律で決まっていることである。方針転換するなら国民に信を問うべき、というのは、たしかに理屈が通っている。しかし、実際は、安倍政権の支持率が高く、野党の選挙準備が整わない内に解散したいという政治的思惑が優先されており、消費税は後付けで出てきた大義名分というところだろう。

増税を喜ぶ国民はいないから、増税延期を争点に戦えば、自民党が負けることはない。自民党にとっても国民にとっても万々歳なのだが、本当にそれで良いのか。消費税先送りは、日本の未来を左右する危険な賭けではないだろうか。

国債など国の借金は1038兆円(9月末)、国民1人当たり817万円と、先進国ではダントツで最悪の絶望的な財務状態である。それでも、財務省が国債を発行し続けることができ、しかも金利が低位で安定しているのは、おそらく2つ理由がある。一つは、日銀が金融緩和で国債を大量に購入しており、投資家は「いざなったら日銀が買ってくれる」と安心していること、もう一つは、消費税率が8%と国際的に見て低いので、今後の増税余地が大きいことだ。

ただ、その2つの理由が大きく揺らいでいる。異次元の金融緩和をさらに追加緩和した結果、日銀が新発国債の7割以上を購入するという異常事態になっている。すでに「財政ファイナンス」との批判が強まっており、いざというとき、日銀がなりふり構わずさらに国債を買いまくり、しかも金利を急騰させない、というのは至難の業になっている。

それよりも心配なのが消費税だ。安倍首相が「1年半後」とか延期の期限を明示し、景気条項を外し、期限までに構造改革に取り組むことを決意表明すれば、ひとまず市場は今回の判断を信任するだろう。国債大暴落という悪夢が起こることはなさそうだ(絶対とは言えないが)。一安心だが、果たして1年半後は大丈夫なのか。

安倍首相の目論見は、今回の選挙でさらに強力な政権基盤を築き、1年半かけて“第3の矢”の構造改革に本腰で取り組む。そうすれば、日本は生まれ変わり、景気が良くなっているだろうから、次回は問題なく増税できる、というところだ。

しかし、本当に構造改革が進み、1年後に景気が回復しているのだろうか。安倍政権は、“第1の矢”の金融緩和で国民のデフレマインドを払しょくすることにはかなり成功した。一方、肝心の“第3の矢”は、女性活用が少し話題になっているくらいで、実際の効果という点ではまったく不発だ。金融緩和の劇薬が効いている内に構造改革を進めるというシナリオはすでに崩壊し、「日銀一本足打法」の様相がますます強まっている。

300議席という安定した政権基盤を持ちながら2年間を浪費してしまった安倍政権が、国民の信任を得たからといって、今さら構造改革を実現できるとは私には思えない。オリンピック需要の追い風を最大限に見込んでも、1年半後も景気が低迷している可能性が高いと危惧する。

1年半後、「やっぱり景気が回復していないので、再延期を検討します」と政府が表明したとたん、「日本は増税できない国」「財政再建を断念」と見た市場は、日本政府・日本国債を信認しなくなり、国債は売りを浴びせることだろう。そうなると、国債は大暴落、金利は暴騰し、ハイパーインフレによって国民生活は崩壊するだろう。

もちろん、実際に構造改革に成功するかしないかは、やってみなければわからない。安倍政権にとって、今回の増税延期は大きな賭けだ。同時に私たち国民も、目先の負担増に一喜一憂するのではなく、増税延期が危険な賭けであることを認識し、本当に安倍政権の賭けに乗るべきなのか、真剣に考える必要がある。

(日沖健、2014年11月17日)