形から入るか、中身から入るか

 

中小企業大学校の中小企業診断士養成課程で教えている関係で、コンサルタントとして独立開業したいと希望する受講者からよく相談を受ける。中でもたびたび聞かれるのが、「最初からちゃんと株式会社を作った方が良いですか、それとも個人事業主から始めた方が良いですか」という質問である。

 

コンサルタントを始めるには、立派なオフィスを構えたり、綺麗な秘書を雇ったりする必要はない。中小企業診断士も含めて特別な資格が必要というわけでもない。極端な話、名刺を用意すれば今日から誰でも始めることができる。質問に関しては、別に会社を作らなくても、個人事業で始めることができる。

 

ただ、始めるだけなら簡単だが、大きく成功するのはなかなか難しい。中でも難しいのは、数多のライバルを差し置いて仕事の依頼を獲得することだ。人気コンサルタントになれば次々と依頼がやって来るが、実際に仕事をこなして市場での評判・信頼を獲得しないと人気コンサルタントになれない。ニワトリが先か、卵が先か、という話しになる。

 

そこで多くのコンサルタント志望者は、個人事業主・自宅事務所でなく、株式会社を設立してターミナル駅前にオフィスを構えれば、信頼を獲得し、事業を軌道に乗せることができるのでは、と考える。

 

たしかに、せっかく引き合いの電話が来ても、子供が泣きわめく声が相手に聞こえるようでは、商売につながらない。また、大企業では、原則として法人組織としか取引をしないと決めている場合もある。受注の確率を高めるには、会社を設立し、オフィスを構えた方が良い。

 

しかし、会社を作り、オフィスを構え、秘書を置くと、それなりに費用が掛かる。また、コンサルタントとしての顧客からの信頼は、オフィスが立派かどうかといった信頼とは、かなり異なる。気合いを入れて形を整えても、それほど効果は大きくない。先が不安な独立開業ではリスク管理が重要なので、独立・開業の希望者に対しては、「まずは個人事業で始めて、商売が軌道に乗ったらオフィスを構え、株式会社化したらどうですか」という常識的なアドバイスをしている。

 

ただ最近、少し違ったことを考えている。形だけに拘ってはいけないが、形も意外と大切ではないのか、ということだ。形が決まると、形に合わせて行動が変わり、行動が変わるとやがてマインドも変わってくるものだ。

 

武道や演芸を習得するには、まず基本的な形(型)を覚えることから始める。繰り返し型を練習している内に、それが基本動作になり、やがて武道・演芸の神髄がわかってくる。同じようにビジネスでも、会社組織を運営する技法は、個人事業を続けていてはわからない。実際に会社を作ってオペレーションを繰り返してみて、初めてわかってくるものだ。

 

また、事業を大きく発展させる上でも、形を整えることには意味がある。個人事業で始めて、うまく行ったら段階的に形を整えれば良いという理論はその通りでも、個人事業に慣れると居心地が良くなり、無理して形を整えようという意欲が失せてしまう。事業を大きく発展させたいと希望するなら、最初からちょっと無理して形を整えておいて方が良い。

 

これは、コンサルタントの独立・開業だけでなく、企業経営においても同様だ。新規事業を始めるときや組織風土を変革する場合など、中身を論じる前に、まずしっかりした推進組織を作り、社内で影響力のある人物をリーダーに起用すると、人々の意識が変わり、成功に向けて動機付けられることがある。

 

ということで、結論の出ない話なのだが、形を気にせず身軽に始めるなら、軌道に乗ったところで安住せず、思い切った脱皮をする必要がある。形から入るなら、リスク管理に留意し、早期に形に見合う中身を作り上げる必要があるだろう。

 

(日沖健、2014年11月3日)