産業能率大学・大学院の講義や企業研修などの場で、ビジネスパーソンに経営戦略を教えている。ケースを使った討論を中心に実施し、受講者からはまずまず好評をいただいており、講師として納得できている部分はある(完全に満足しているわけではないが)。ただ、そもそもビジネスパーソンが経営戦略を学ぶことの意味について考えさせられることがある。
企業で実際に経営戦略を立案するのは、経営者や事業責任者など、30代とかの受講者よりも職位の高い人たちである。まだまだ年功序列が色濃い日本企業では、20代・30代で経営戦略を学んでも、実際に経営幹部になって職務で活用できるのは、かなり遠い将来の話しだ。しかも、順調に出世してそういう役職に就けるとは限らない。そのため、「講義は面白いが、経営戦略を学習する必要性がよくわからない」「日常業務にどう生かせば良いのかわからない」という声を耳にする。
経営戦略と言うと、経営トップや彼を支える経営企画部門、あるいは彼らを支援する戦略系コンサルティング・ファームといった“雲の上の人たち”が行う密室の作業になりやすい。
しかし、ミドルマネジメント以下の従業員を含めて全社で経営戦略を共有し、全社的に経営戦略への意識を高めることは極めて大切だ。たしかに経営戦略を最終的に策定するのは経営上層部の人たちだが、それを受けて施策を具体化し、実行し、成果を実現するのは、ミドル以下の役割になるからだ。
よく、トップと現場から遊離し、経営戦略が全社に共有されていない企業を見受ける。そういう企業では、経営戦略を実行するに必要な作業内容しか現場に指示・伝達されないので、戦略策定時に想定した環境条件がちょっと変化したりすると、現場が柔軟な対応を取ることができず、成果を実現できない。
旧ソビエトのように事前に正確に予想しようとすると、計画のためのコストが莫大になってしまう。しかも、コストを掛けても精度はそれほど高まらない。厳密な計画を作ることに注力するよりも、変化が起こったら適切に対応することの方が大切だ。
戦略を全社的に共有できている企業では、現場が変化に柔軟に対応し、確実に成果を実現できる。今日、経営環境が刻々と非連続に変化するようになっている。現場が経営戦略の狙いや内容を正確に理解し、自律的に変化に対応することの重要性は増していると言えよう。
また、現場が経営戦略を理解することは、オペレーションの面でも重要だ。一般的な官僚制組織では、ロワーマネジメントはオペレーションを担い、ミドルはオペレーションで発生する例外を処理する。現代企業は経営戦略を中心にオペレーションを動かしており、ミドルとロワーが経営戦略を理解していると、目的合理的に効率よくオペレーションを実行・改善することができる。戦略の実行だけでなく、オペレーションの実行・改善という点でも、現場が戦略を理解していることの意義は大きいのだ。
このように、組織全体が経営戦略を理解し、自社の戦略を共有することのメリットは大きいのである。
造船大手のツネイシ・ホールディングスでは、全従業員がマイケルポーターの大著『競争優位の戦略』を読み、経営戦略への理解を高めているという。そこまで行かなくても、飲み会の席で不毛な人事の噂話しに終始するのはなく、少しでも自社の戦略について意見を戦わせるようにすると良い。そうしたちょっとした違いが、長い目で見て、企業の将来を大きく変えるのである。
(日沖健、2014年9月29日)