起業大国”実現のためにやるべきこと

各紙報道によると、安倍内閣は近く公表する成長戦略にベンチャー企業支援策を盛り込み、“起業大国”になることを目指すという。ベンチャー企業と大企業が連携して新規事業を創造する「ベンチャー創造協議会」や後継者不足の企業と創業希望者を橋渡しする「後継者人材バンク」の設置がその柱になるようだ。

 

グーグルやフェイスブックなど世界を大きく変えた近年のイノベーションの多くが米国のベンチャーで生まれた。経済誌「フォーブス」が選定した世界トップ企業2000社(2013年)のうち、1980年以降に設立された米国企業が154社ランクインしているのに対し、日本は24社にとどまる。日本で優良企業と言うと昔も今もトヨタやキヤノンで、同じ先進国でも、アメリカとの活力の差は歴然としている。

 

起業が少ないことは、少子高齢化に匹敵する日本経済の大問題だ。今回安倍内閣が“起業大国”実現に向けて取り組むことを歓迎したい。

 

問題は中身だ。これまでも繰り返し創業支援が行われてきたが、効果はなかった。起業家を直接支援するよりは、起業家に融資・出資する金融機関・ベンチャーキャピタルへの補助など、“起業家の応援団を応援する”施策が多かったように思う。

 

今回の施策も、報道から伺い知る範囲では“五十歩百歩”という印象だ。「ベンチャー創造協議会」は、すでに事業をしているベンチャー企業を支援するもので、新規の創業とは直接関係しない。「後継者人材バンク」も、後継者難という問題を解決する社会的な意義は大きいが、やはり新規の創業とは無関係だ。まったく悪い施策ではないが、既存ビジネスの改善・強化が主体で、“起業大国”が実現するとは到底思えない。

 

ビジネスの基本能力において、日本人がアメリカ人に大きく劣ることはないはずだ。その日本で起業がまったく低調なのは、起業に挑戦する人材が少ないからだ。挑戦した後の支援よりも、まず挑戦者を増やすような施策が必要だ。

 

ここからは、まったくの個人的な意見。起業挑戦者を増やすには、退職金への税制優遇措置を縮小することで、大企業で燻っている中高年が起業に挑戦するよう促すべきだと思う。

 

グーグルなど若き起業家の成功を見て、私たちは起業というと若者の専売特許という印象を持つ。しかし、知識・経験・資金がない若者よりも、中高年の方が起業の成功確率が高い。行動力と柔軟な発想を持つ若者と知識・経験・資金を持つ中高年が競って、ときに協力して起業に挑戦するのが理想だ。

 

とくに日本では、大企業に高い能力と豊富なビジネス経験がありながらそれを活かし切れず燻っている中高年社員が数十万人単位で退蔵している。1990年代前半に経営危機に陥ったIBMの社員が独立・起業してその後のIT革命を主導したように、大企業の中高年社員が広く社会で活躍するようになれば、日本は大きく変わる。

 

なぜ大企業の中高年社員は会社にしがみ付くのだろうか。最大の理由は、従業員の退職を阻む退職金制度にある。

 

日本では、退職金のかなりの部分が所得税控除の対象になるので、月々の給料よりも退職金として受け取る方が有利だ。たいてい会社では、基本給と勤続年数に応じて退職金支給額が決まり、50歳代で退職が近づくと急激に支給額が増える(それ以前はあまりもらえない)制度設計になっている。つまり、50歳よりも前に退職すると非常に不利になるので、退職金を棒に振ってまで起業しようという奇特な中高年が現れないのだ(ちなみに中小企業では、退職金の額が元々少ないので、退職・起業の障害にはなっていない)。

 

この状況を変えるには、所得税の退職金優遇措置を縮小すればよい。税制の恩典がなくなれば、企業はこぞって退職金を縮小する(代わりに給料を増やす)。退職金の魅力がなくなるので、会社にしがみ付く中高年が減り、起業挑戦者が増える。効果が大きく、特別な予算も必要なく、影響を受けるのは恵まれた大企業なので社会的な抵抗も小さい。まさに妙案だと思うのだが、いかがだろう。

 

(日沖健、2014年6月16日)