公務員の給料が安すぎる

私事で恐縮だが、今年、次女が損害保険会社に入社した。なかなか高給のようで、「良かったね」と喜んでいたところ、中央省庁に勤める社会人4年目の長女の給与を上回っていると判明した。家庭内で不穏な空気が流れたが、次女が6月から地方勤務になって家を出て、ひとまず平和が戻った…。

我が家が特殊というわけでもないだろう。近年、深刻な採用難を受けて民間企業、とくに大手企業の初任給が暴騰している。一方、公務員はもともと給与水準が低い上、給与法(地方自治体の場合は職員給与条例)に基づき人事院勧告を受けて遅々と引き上げるので、昨今のように民間企業の給与が上昇する局面では格差が大きくなる。

公務員の給与水準が低いことについて、世間では「当然だろ」ということで関心低い。この「当然」の中身は、おそらく3つある。

1つ目は、「公務員は国民に奉仕する僕(しもべ)なんだから、一般国民と比べて低くて当然」という考えだ。私はまったく共感しないが、世の中にはそういう考え方をする人が結構いるようだ。

2つ目は、「公務員の仕事は楽ちんだから、低くて当然」という考えだ。たしかに、役場で居眠りしている職員を見るとそういう気もするが、長女の働きぶりを見て、少なくとも中央省庁については民間企業と比べてそんなに楽ではないと思う。

3つ目に、「公務員は絶対にクビにならないんだから、クビになるリスクがある民間企業と比べて低くて当然」という考えだ。これは筋が通った見解だが、日本では整理解雇が厳しく制限されており、外資系以外の民間企業の社員がそこまで大きなリスクを取っているようには見えない。

ということで、公務員の薄給は「当然」でもなんでもない。個人的には「不当に低い」と思う。

かつては、薄給を補う天下りや過剰接待が大きな問題になったが、それらが(ほぼ)なくなった今日、大半の国民は「公務員が薄給で何が悪いの?」という受け止めだろう。しかし、公務員の薄給には大きな問題がある。中央省庁や自治体が優秀な人材を確保できなくなることだ。

東京大学は、国家公務員の育成を目的に1877年に設立され、20世紀までその役割を担ってきた。しかし、東大生の中でも最も優秀な層は起業家を目指し、次いで優秀な層はコンサルティング会社を目指すようになり、国家公務員をなる学生は激減している(東洋経済オンラインの拙稿「トップ層の東大生が起業を選ぶようになった必然」参照)。

国家公務員が東大生に不人気な理由は様々だが、その大きな原因として公務員の薄給があることは間違いない。何だかんだで、世の中はカネである。

日本とは対照的なのが、シンガポールだ。国家主導で経済成長を目指すシンガポールでは、上級公務員の給与を民間のトップ企業並みに設定して、シンガポール大などから優秀な人材を引き入れている。もちろん、「資本主義社会において民間企業よりも公務員の方が高給で良いのか」という批判はある。

薄給の公務員がますます不人気になり、優秀な人材が集まらなくなることが、国家の発展にとって本当に良いことだろうか。国家運営のあり方と併せて、しっかり検討したいものである。

 

(2025年6月23日、日沖健)