新入社員に贈るセコい上司の物語

昔話で恐縮だが、私が新人だった頃の体験談をお伝えする。私は1988年に日本石油(現ENEOS)に入社し、大阪支店経理課に配属された。直属の上司は、Xさんという50歳過ぎのおじさん(当時の私の感覚では、波平くらいのおじいちゃん)だった。

入社して1か月後、Xさんから「経理課の新人の皆さん全員を北新地のおでん屋にご招待するよ」と誘われた。大阪支店経理課には私と男性がもう1人、女性2人の新人がいた。合計4人でXさんのご馳走に与ることになった。

その懇親会の前日、別の課の新入社員Y君が「俺も参加して構わない?」と私に言ってきた。Xさんに伝えたら、「構わないよ」ということだった。当日は、Xさんと新人5人の6人で新地の夜を楽しんだ。

翌朝Xさんに「昨夜はご馳走になりました!」とお礼のあいさつをしたところ、意外なことを言われた。「人数が1人増えて予算オーバーになっちゃったよ。日沖君、悪いけど君の方で1人千円ずつ5千円徴収してもらえないか」

私は一瞬目が点になって、さてどうしようかと考えた。

    上司の指示だし、全員から1千円徴収しようかな。

    後から参加したY君から5千円徴収した方が良いかな。

    「自分で徴収したらどうですか」と言い返そうかな。

    それとも…。

私がどれを選択したかは、また機会に。

最初「ご招待するよ」と誘ったことやY君の参加を受け入れたことから、Xさんは「太っ腹な上司」と思われたかったはずだ。追加徴収すれば、一転「セコい上司」という評判になってしまう。たった5千円の予算オーバーでXさんが「俺はセコい上司と思われてもいい」と開き直ったのはなぜだろうか。いまもって謎である(知りたいとも思わないが)。

この件は大いに呆れたが、他にも劣等感の塊だったXさんから人格否定されることが度々あり、「初っ端から最悪のクソ上司に当たっちゃった」と思った。ただ、今はXさんにはむしろ大いに感謝している。

1つは、Xさんと出会ったことで、人に対して冷静な見方ができるようになったことだ。会社には色々な人がいる、人格者は意外と少ない、欠陥人間でも会社に来てればちゃんと給料をもらえる…と長い社会人生活の最初に知ったのは幸運だった。

もう1つは、勉強する習慣が付いたことだ。ある日、税務の仕事をしていたとき、Xさんから「俺が頭を使うから、君は体を使ってくれたまえ」と言われた。「長く勤めているだけのお前から言われたくない!」と思ったが、アホに何を言っても始まらないので、その日から消費税の勉強を始めた。

当時は消費税の導入を翌1989年に控えて、社内システムの変更や特約店への説明などてんやわんやだった。法人税など既存の税金なら経験の差でXさんに敵わないが、新しい税金なら経験の差はない。半年間懸命に消費税を勉強し、やがてXさんに代わって社内や特約店への説明を任せられるようになった。こうして私は、怠惰な学生時代と打って変わって、勉強することが苦でなくなった。

今日4月1日は、新入社員の入社式。入社後の配属先で良い上司に恵まれることもあれば、悪い上司に当たってしまうこともあるだろう。良い上司からは色んなことを盗み、悪い上司は反面教師にして欲しい。

悪い上司に当たってしまっても、せいぜい1~2年の付き合いだ。「こんな会社辞めてやる」と短気を起こさず、すべての経験を糧にし、長い社会人生活を楽しんで欲しいものである。

 

(2024年4月1日、日沖健)