雇用を守ることは大切なのか?

中小企業経営者に「経営者にとって一番の責務は何ですか?」と尋ねると、かなり多くが「従業員の雇用を守ることだ」と答える。日本ではごく一般的な回答だが、実は諸外国ではまったく一般的ではない。少なくとも私は、海外の経営者からそういう発言を聞いたことがない。

個人的には、日本の経営者の「雇用を守る」という言葉が大嫌いだ。以下2つの違和感を覚えるからだ。

一つは、経営者が「雇用を守る」というのは、ずいぶん上から目線の発言だと感じる。

経営者の「雇用を守る」という言葉の背景には、日本独特の家族主義経営が見え隠れする。家族主義経営とは、企業は家族であり、経営者は家父長、従業員は子供である、よって経営者(家父長)は従業員(子供)をいつくしむべきである、という考え方だ。

家族主義経営で、経営者は従業を守る強者、従業員は経営者に守られる弱者と想定されている。実際に日本では家族主義経営で成功した企業が多数あるのだが(代表例は出光興産)、果たして経営者と従業員の健全な関係と言えるだろうか。

大規模な生産設備を持つかどうかが企業の盛衰を決した製造業全盛の時代ならともかく、知識が重要な現代社会において、経営者と従業員は対等な関係である。株主は金を出す。従業員は知恵を出す、経営者は金と知恵を活用して経営する。株主・従業員・経営者がお互いに協力して企業の発展に貢献するというのが、理想の状態だと思う。

もう一つ、経営者が「雇用を守る」と言う企業は、業績が悪く、とりあえず倒産していないだけ、というダメ企業が多い点が気になる。

優良企業の経営者は、当たり前のこととして雇用が守られているので、ことさら雇用維持について言及しない。それに対し、業績が悪いダメ企業の経営者は、やたらと雇用維持の意義を強調する。

「この厳しい環境の中、俺は必死になって事業に取り組み、リストラせず何とか雇用を守っている。赤字続きで、給料も安く、決して自慢できる会社ではないが、社会に大いに貢献している」

従業員は、経営者から上から目線で「守ってあげている」と言われ、安い給料でこき使われても、まったく嬉しくない。「雇用を守る」経営者は、社会からも顧客からも見放され、当の従業員からも煙たがられるている、独りよがりな状態だ。

つまり、「雇用を守る」という言葉は、会社が倒産していないだけというダメ経営者の免罪符になっているのだ。

経営者の責務は、「雇用を守る」ことではない。顧客や社会から価値を認められる革新的な事業を創ることだ。革新的な事業を創れば、自然と雇用機会が生まれ、従業員は高い給料をもらって楽しく仕事をすることができる。雇用維持は、経営者の責務でも企業の目的でもなく、経営者が革新的な事業を創った結果として達成されるものなのだ。

従業員や就職・転職を希望する人は、経営者に「経営者の責務は何ですか?」と尋ねてみると良い。もし経営者が「雇用を守る」と言ったら、赤字体質で、事業に将来性はなく、社長が絶対というパワハラ体質で、給料も安い、というダメ企業の可能性が高い(もちろんすべてではない)。関わらないのが賢明だろう。

 

(2023年11月13日、日沖健)