曲がり角を迎えた大学スポーツ

先週、立教大学は、駅伝チームの監督を務めていた上野裕一郎氏を、同大陸上競技部員と不倫関係にあると『デイリー新潮』に報じられことを受け、解任した。同じ立教大学は、9月、野球部で上級生による下級生への暴行などの問題があったことを受け、金子明雄部長と溝口智成監督の当面の公式戦活動自粛を発表した。

立教大学だけではない。日本大学アメリカンフットボール部は、2018年に悪質タックルで世間を騒がしたが、8月に部員が大麻と覚醒剤の不法所持で逮捕された。他大学でも、運動部員や関係者による不祥事が相次いでいる(一般の学生よりも不祥事が多いのかは、不明)。

個々の事件については各大学に適切な対策を講じてもらうとして、ここでは大学スポーツのあり方について考えてみたい。いま大学スポーツは曲がり角を迎えており、大きな改革を迫られていると思う。

まず考え直したいのが、運動部が大学の広告塔になっているという点だ。

少子化で学生集めに苦労している私立大学が、広告塔として人気スポーツの運動部を強化している。とりわけその動きが顕著なのが、立教大学でも問題になった駅伝だ。国民的な行事となった箱根駅伝での露出を目指して、関東の多くの大学が全国各地、さらにアフリカから選手をかき集めて駅伝を強化している。

その結果、私立大学には、知能レベルが低い日本の高校生やコミュニケーションが成り立たない外国人がスポーツ推薦で大量に入学している。日本では「学生の多様性を高める」という大義名分でスポーツ推薦が認められているが、大学は学問をする場であり、スポーツ推薦ははっきり言って裏口入学だ。文部科学省は、スポーツ学科以外のスポーツ推薦を禁止するべきだと思う。

もしスポーツ推薦を維持するというなら、せめて入学後の部員の学業を厳しくチェックするべきではないか。アメリカでは、1970年代にスポーツ推薦の過熱が問題化したことを受けて、NCAA(全米大学体育協会)が学業成績が振るわない運動部員の練習・試合への参加を制限する仕組みを導入した。日本でも、2019年に日本版NCAAとして大学スポーツ協会(UNIVAS)が発足したが、あまり機能していないようだ。

もう1つ、競技力の向上という観点からも、大学スポーツの見直しが必要だ。

多くの競技で、1822歳くらいが選手の競技力がもっとも伸びる年代だ。ところが、日本では、野球・サッカー・相撲といったメジャー競技を除いて、大学がその年代の選手の活動(練習・試合)の中心舞台になっている。大学で低レベルな指導を受け、国内で緩い試合をしていることが、選手の競技力の向上を妨げている。

先日ラグビーワールドカップの日本対アルゼンチンで、アルゼンチンの新星カレーラス(23歳)が3トライを奪って日本を粉砕した。一方、日本代表メンバーの日本人のうち、高校から直接プロ入りしたのは、松島幸太郎だけだった。おじさんジャパンの敗退を見て、改めて20歳前後から国際経験を積むことの重要性を思い知らされた(選手はよく頑張ったが)。

もちろん、競技力を向上させるのは各競技団体の責任なのだが、国も大学依存からの脱却を後押しするべきだと思う。たとえば、①オリンピックの強化指定選手から大学生を外す、②プロチーム・クラブチームの活動を支援する、といったことが必要だと思う。

たかが学生スポーツ、されど学生スポーツ。学生スポーツの改革によって、日本の大学が正常化すること、競技レベルが上がることを期待したい。

 

(2023年10月16日、日沖健)