真ん中の仕事

先日、あるシンガーがライブ活動を休止した。大人気のシンガーで、充実した音楽活動をしていたと思っていたので、意外だった。彼女はライブ中のMCで、活動休止の理由を一言「真ん中に戻したいと思いまして」と語っていた。

それ以上の詳しい話をしなかったので、ここからは私の想像。彼女は人気が出て仕事が増えていく過程で、あまり気乗りがしない仕事も増えてきた。いったん活動を休止して、「真ん中の仕事」、つまり本当にやりたい仕事とはそもそも何なのかをじっくり見つめ直そうと思ったのだろう。

私のようなコンサルタントという商売も、よく似ている。独立開業するとき、たいてい、「こういう仕事をしたい」という自分なりの「真ん中の仕事」がある。ただ、食べていくためにはぜいたくを言っていられないので、色々な仕事に手を出す。すると、商売繫盛になっても、「真ん中の仕事」はわずかで、気乗りのしない仕事ばかりになる。

ここで、いつ真ん中に戻すべきか、というタイミングの問題がある。一番良くないのは、いつまで経っても真ん中に戻せないという状態だ。ビジネスが軌道に乗らず、生きていくために気乗りがしない仕事をいつまでも手放せないというコンサルタントをよく見受ける。

では、早ければ早いほど良いかというと、そうとは限らない。考古学者ハインリヒ・シュリーマンのように子供の頃から「真ん中の仕事」が明確で、生涯その仕事に打ち込んだというケースもあるが、たいていの人は「私はこの仕事しかやらない」ということだとビジネスが広がらず、食いはぐれてしまう。

また、「よし、真ん中の仕事を見つけたぞ!」と思っても、色々な経験を積むことで興味・関心が広がり、「本当にこれが真ん中の仕事なのかな?」と迷うことがある。あまり早く「俺にはこの仕事しかない」と決めつけて新しい経験を拒否すると、その後の人生が広がらなくなってしまう。

よく「自分にとって何が本当にやりたい仕事なのかわからない」とこぼす人がいる。しかし、これは簡単に見極めることができる。休日の朝、別に締め切りがあるわけでもないのに自然にウキウキしながら始める仕事があったら、それが「真ん中の仕事」だ。

「趣味はともかく、仕事でそんなことあるわけないだろ」という人がいる。ただ、「あるわけないだろ」と決めつけず、色々と経験し、色々なことを試して、「真ん中の仕事」を探ってみてはどうだろう。

会社勤務者の場合、「そもそも仕事は会社から与えられるもので、真ん中とか端っことか意識したことはない」という方が多いかもしれない。ずっと意識しないのも、「端っこの仕事を我慢してやり続けるしかない」と覚悟を決めるも悪くはない。ただ、せっかく転職や副業が容易な世の中になったので、色々チャレンジしてみるのもアリだ。

結局、職業人生とは、「真ん中の仕事」を探す、終わりのない旅なのかもしれない。

先ほどシュリーマンの例を出したが、この道一筋で名声を確立しているという人でも、意外と心から仕事を楽しめていなかったりするものだ。ましてや大半の人は、「自分にとって真ん中の仕事は何だろう?」「真ん中の仕事はわかっているのだが、今の仕事を手放せない」などと悶々としているものだ。「自分だけが…」と悩まず、気楽に旅を楽しんでみてはどうだろう。

 

(2023年7月10日、日沖健)